【創作BL】ネコ耳おじさんと金の鈴【前編】
前編は女子視点です。後編はがっつりR18。
本編はこちら↓
体調不良Dom×世話焼きおじさんSwitchのDom/Subユニバース。年の差・微ホラーです。
※※※
社食で見知った顔を見つけた鈴女は、彼の向かいに誰も座っていないのをいいことに、声をかけた。
つい半年くらい前までは、同期という関係だけだった。こちらは雑誌の編集職、あちらは営業という違いはあれど、業界内転職も多く、すでに辞めている人間もいる。最初から人数も絞って採用しているため、同期入社の人間は貴重であった。
今、鈴女が彼に感じている親近感は、それだけじゃないけれど。
「真堂くん、ここ、いい?」
本日のA定食が載ったトレイの中をじっと見つめて思いつめている至に、あえて軽い口調で。顔を上げた彼は、それが知らぬ仲の女性ではないと知り、安堵の表情とともに、「どうぞ」と促した。
「A定食も美味しそうだよね。がっつり肉食べたくてB定食にしちゃったけど」
A定食は鯖の竜田揚げ、B定食は生姜焼きである。ちなみに鈴女はご飯も大盛りだ。ここでたくさん食べて、周りが食べているスナック菓子やチョコレートを避けて、夜も軽めにするのが体型維持のコツである。
うん、と言うわりに彼の食はあまり進まない。せっかく元気になったのに、と鈴女はこっそりと、眉根を寄せた。
少し前まで、彼は休職していた。抑うつ状態だとか心身症だとか、そんな診断がついていたらしいと聞く。詳細を尋ねるのはマナー違反だから、あくまで噂であったが、休む前に見かけた彼の顔色はひどいものだったし、頬もこけていて、誰もが見惚れるイケメンが台無しであった。それまでは、各部署の女性たちが競うようにアタックしていたが、そうなった彼を支えてあげようという人はひとりもいなかったのも、腹立たしいことである。思い出しただけでムカムカしてきた。
彼が体調を崩した理由の大部分は、わかっていた。ダイナミクスに端を欲する欲求が満たされない期間が続いたため、異常が発生したのだ。
人類の何割かの遺伝子に現れる特殊な因子――ダイナミクス。至はDomと呼ばれる支配欲求を持つ人間で、パートナーのSubの死後、ショックでプレイができなくなっていた。DomとSubは心身の健康を保つために、要するにSMに近いことをするらしい。パートナーとはすなわち、恋人のこととなる。
そんな彼に、叔父を紹介した。叔父の桃治はSwitchと呼ばれる、相手次第でDomにもSubにもなれるという、さらに特殊な体質の持ち主だ。それを活かして(?)、DomとSubが集うバーで働いている。たまに、お客さんの「お相手」を務めることもあったらしいが……さすがに身内のそういう話を聞くには、鈴女はまだ若く、潔癖な女子であった。母くらいになれば、下世話な話も豪胆に笑い飛ばせるのかもしれない。
とにかく、至と叔父を引き合わせた結果、彼らが上手くくっついた。みるみるうちに至は健康な身体を取り戻し、復職した。しばらく顔を合わせていなかったけれど、桃治との関係は順調だと、叔父本人から惚気を聞いているので知っている。
だが、箸が全然進んでいないのは、なぜだろう。
じっと観察をしていると、至は何を思ったのか、彼の皿の上の竜田揚げを、鈴女の皿にひとつ載せる。
……そんなに物欲しそうに見えたんだろうか。ありがたくもらうけどさ。
こほん、と咳払いをした鈴女は、「何か悩みでもあるの?」と、竜田揚げを口に入れつつ、言った。
「え?」
「また何か悩んでるんでしょ? 我らのエース、真堂くんがせっかく元気になったのに、まーた休職なんて事態になったら嫌だもん。ほらほら、話してみたまえ」
もしもそれが、叔父との関係についてのことならば、紹介をした自分にも少しは責任というか、協力する義務があるような気がしている。
――それに、桃治くんが演劇の道に戻ることになったのも、真堂くんのおかげだしね。
あるきっかけで劇団を辞めて、それからふらふらと生きていた桃治だが、至と付き合い始めてから、変わった。自分の演技で他人を不幸にせず、幸せにしたいと言って、新たな劇団の扉を叩いたのである。今の彼はとても楽しそうで、三十五を超えたおじさんとは思えないほど、若々しい。うらやましくなるほどの肌つやである。
「相談料はこの鯖の竜田揚げでいいからさ」
舞台に立つ叔父のことが大好きだった鈴女としては、彼の復活に一役買った至には、こちらの方から礼をしなければならないと思っている。もちろん、至が断わることは目に見えているから表立っては何もしないけれど、話を聞くくらいはしてあげたいのだ。
至は瞬きをして、鈴女を見つめる。周りは自分たちが付き合っているのだと勘違いしている人もいる。面倒だし、都合がいいので放置している。会社で一番モテるエリートが、男のSub(もう叔父はSwitchではないらしい)に入れあげているなんて、別に吹聴すべき話でもない。
強要はせず、食事を進める。すると食後のお茶を飲み始めたとき、気が緩んだ至は、現在抱えている悩みの真髄について一言で告げた。
「ネコ耳をつけてもらうには、どうしたらいいか」
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