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小さな手

昨日は朝からひどい降りだった。
こういう日はお客様が極端に少ないから、普段は出来ないバックヤードの掃除をしたり、あまり触らない棚の商品整理を丁寧にやったりする。
今月の最終週には棚卸しがある。準備を早めにやっておくにこしたことはない。

それでもポツポツお客様は来る。そのうちの半数以上がビニール傘をお求めの方だ。
皆さん、申し合わせたようにびしょ濡れで、気の毒なくらいである。

店の前の交差点は、悪天候の時はいつも、非常に強い風が吹く。
周りに高い建物が多いのと、目の前に比較的大きめの川があることも影響しているのではないか、と思う。
だからそこまで難なくさしてきたのに、この交差点に来るなり突然、風の猛攻撃を受け、あっという間に傘をダメにしてしまう方がとても多い。
あともう少しで駅に到着するというのに、最後の大きな交差点で傘が壊れてしまったお客様は、駅までの僅かな距離を濡れずに歩く為に、最も安価なビニール傘を求めて、我が店に来られるのである。

お昼前頃だっただろうか。
雨が一際激しく降る頃、
「お会計お願いします」
とビニール傘を手にレジにやってきたのは、三十代くらいの女性だった。
少し茶色く染めた長い髪が、雨に濡れてところどころ小さな顔に貼り付いている。
少し急いでおられるようにお見受けしたので、意識して手早くレジの手続きをした。

精算をしようと財布を出した彼女だったが、急に手を止めて下の方を見て
「こらっ、ウロウロしないのっ」
とひとこと言った。
彼女の視線の先には動きを止めない影。三歳くらいの男の子だ。私からはレジカウンターが邪魔になって見えなかったのである。
この女性のお子さんらしい。可愛らしいレインコートを着ているが、こちらもびしょ濡れだった。

彼はお母さんの周りをくるくる回ったり、商品をさわったり、棚の下に入ってみたりと、片時もじっとしていない。
あれくらいの年齢の子供に『動くな』というのは、子犬に『待て』をさせるのと同じくらい、無理なことだろう。
それでも『どうやらお母さんは、ボクがこうやってウロチョロすることが気に入らないらしい』とは思うのか、彼は精算を待つ母親の後ろから、私にイタズラっぽい目を向けて、ニヤリとした。
綺麗に切り揃えられた前髪が可愛らしい。思わず私もニヤニヤ笑いで返してしまった。
ひたすら急いでいるお母さんは、財布をしまうのに必死で、息子の視線には全く気付いていない。

「さあ、もう行くよ!」
買ったばかりのビニール傘を小脇に抱え、お母さんは歩きだしながら、まだちょこまかと遊んでいる我が子にちょっと大きめの声をかけた。
彼は私に向かって両手でバイバイ、と手を振った。私も手を振り返して応えた。
お母さんより先に駆け出した彼だったが、何を思ったか、急に踵を返すと、レジに駆け寄ってきた。

何か落とし物でもしたのかしら、と思ってカウンターの下を覗き込むようにすると、彼は少し伸び上がって小さな片手をカウンターの上に突き出した。
「?何?」
きょとんとして私が首を傾げると、彼はもどかしそうに地団駄を踏んで、
「ハイタッチ!」
と言った。
カウンターの上からは鼻の真ん中くらいまでしか見えないが、黒い瞳がイタズラっぽく笑っている。つられてこっちも笑ってしまった。
「オッケー!」
パチンと手を合わせると、彼はとても嬉しそうに声を出して笑い、もう一度手を振ると、今度は振り向かずにお母さんの方に駆けていった。

もしかしたら保育園なんかで、帰る時に先生とハイタッチしているのかもしれない。
彼にとってハイタッチは『さようなら』の挨拶なんだろう。
親子が去った後も、なんだかずっと胸がぽかぽかしていた。

雨で冷えたのか、湿った小さな手はちょっと冷たかった。
お母さんとのお出掛けは無事に済んだかしら。
また来てね。
帰る時はまたハイタッチしよう。







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