キマジメな私のこと〜懐かしのカフェグローブでの出会い
キマジメと、自分が認識したのは中学3年のときだった。
中学は校区のない学校だったので、毎日、田舎ゆえ多くの同じ学校の人が同じ時間に公共の電車で通学していた。
何百人の中学生が1つの電車に乗ったら。
その騒ぎは大変なもので、中学には「通学委員会」というのがあり、騒がしくなると腕章をつけた委員が「静かにしてください」と声をかけていた。
それである程度は秩序が守られていたわけだけど、さらに通学委員会により、「無言区間」なるものが設けられ、その区間はとにかく一言もしゃべってはならないというルールもあった。
中学3年の私は、ルール厳守!なところがあって、無言区間で話している人に対してイライラが収まらない。
ある日ついに「無言区間です、静かにして」と声をあげてしまった。
ルールなのだから「しまった」ってこともないのだけど、その瞬間の空気たるや、、「しまった」以外の何物でもなかった。
私はそのとき「私って、、これ、キマジメというのでは?」と、なんだか実感してしまったのだった。
以来、ルール厳守のキマジメはあちこちに顔を出した。
公園で「花火をしてはいけない」と書いてあるのに花火をしている人に「8時からは花火禁止ですよ」と声をかけたり。
いまだと「痛い人」扱いだ。現にそのとき一緒にいた友達には「えっ、言う?!」という顔をされていた。
そのルール厳守なかたくなな10代の私が抵抗したのは、通っていた高校に対してと、いわゆる婚外恋愛をする人に対してだけであった。
通っていた高校については、品位公正な生徒を愛していた先生(主に倫理などを教える修道女)への反発だったのだと思う。
そのころ親の離婚でちょっと不機嫌にしていた私には、「いい子で愛されている子」をそのまま愛する大人がなんだか腹の立つ存在になっていて、それは単なる逆ギレなんだけども、その形として、髪をオレンジにしたり黒紺茶の指定のマフラーをオレンジにしたりしてみた。かわいすぎる反抗!!
婚外恋愛については、別記事で書いたけれど、反発していた父を、引いては自分自身を肯定する術でもであった。
いまだに「不倫」と世間から叩かれがちな芸能人や著名人に対しては、擁護の気持ちのほうが大きい。
もちろん傷つく人がいるので全面的に賛成はしないし、友達には積極的にやめるよう言うけれど。
言ったってやめられないのが恋愛なのだから仕方ない。
父についての記事はこちら。
世のなかには、人を笑わせたり、明るさで元気づける人がいる。
冗談がポンポン出て、周囲を和ませる人もいる。
身近な例だと、私の夫しかり、子どもたちしかり。
それがとてもうらやましくて仕方なかった。
私は「キマジメ」で、笑いのセンスが極端にない。
ひとつ言っておきたいのは、キマジメと真面目はちがうということ。
人を笑わせてばかりの人も、真面目だと思う。
キマジメとは、真面目過ぎてしまうことだと私は思っている。
自閉症スペクトラムのことを学んでいるとき、物事をしゃちほこ張って考えたりこだわりが強いのは自閉症スペクトラムの1つの特性であるようなことが書かれてあり、もしかするとそれに当てはまるのではないかと思ったけれど、診断を受けたわけではないのでわからない。
10〜20代のときにはなおさら、キマジメな自分に振り回されるばかりだった。
そんなとき、いまはなき「cafeglobe.com」というサイトに出会った。女性のためのファッション・ビューティーサイト(Wikipediaより)。
自立した、もしくは自立したい女性をターゲットにしていて、フェミニストや女性経済学者のコラムは読み応えあり、掲示板はおしゃれな色合いでいろいろなジャンルに分かれていて、社会・経済・セクシュアリティ・料理や生活など、そこかしこで参加者がいろいろな議論や提案、紹介をしていて掲示板も読み応えがあった。
掲示板に書き込む人の中には男性もいて、社会に対するなんらかの意見に対して「わかっていないなぁ」というような目線でやや馬鹿にした感じで書き込み、それにかちんときた女性参加者がむきになって反論したりと、そんな空気もあった。
まだTwitterもない時代。
熱くて、とても刺激的なサイトだった。
オフ会もあって、少しだけお姉さん達とお酒を飲む会などに参加して、背伸びしてつきあってみたり、いまも交流があって、不思議なつながりがある。
掲示板で本音で意見を交わしていたからこその関係でもあるのだろう。
それ以後、ネットで知り合った人とつながることはないのだから、貴重な交流だ。
そこで出会ったとある女性と、直接メールでやりとりしているなか、私が「自分がキマジメで悲しい」と伝えたところ、「まじめ、すごくいいじゃん!!まじめなのは一番大事だと私は思うよ」と言ってきてくれたのだ。
その人は掲示板の中でも存在が「お姉さん」で、アメリカ在住、性的なものもオープンに語るパワフルな女性。
その少し憧れすら抱いていた彼女から「そのままでいいよ〜」と言われたとき、言葉がストンと落ちて、まじめな自分を初めて肯定できたのだった。
キマジメはその後、妊娠中、赤ちゃんが生まれたあと、2人目、3人目、発達障害とわかってから、子どもの学校や幼稚園の役員、などなどその都度顔を出し、育児書などの情報やいわゆる「意識高い系」の情報に囚われ、「こうしなくちゃ、ああしなくちゃ」とがんじがらめになっていた。
5人目の子育てとなった頃に、やっと自分の感覚として「まあぁいっか」と妥協することを覚えられるようになったのだった。
キマジメに振り回される日々を送るなか、いつも「まじめはいいよ」というあの言葉が、いつも私を支えてくれていた。
四十にして惑わず、とはよく言ったもので、いまはだいぶ「キマジメ」部分ともだいぶ仲良く付き合えるようになり、いろいろな出来事にあまり動揺しなくなってきた。
子どもの中でも「キマジメ」なのが、noteにもよく登場するムードメーカーな次男。「40にもなれば落ち着くよ」と伝えているけど、当時の私より早熟な彼はもう少し早く自分を受け入れて落ち着けるかもしれない。
こどもに伝えたいのは、出会いと時間でいかようにも変わっていけるよ、ということだろうか。
みんなによき未来がありますように!
最後にcafeglobe.comのこと。
ここの掲示板で私は、「機能不全家族と精神状態の関係について」や「沖縄のこと」を語ってみたり、布ナプキンについて知ったり。
女性向けアダルトビデオやグッズについての議論を横目で眺めながら(確か北原みのりさんが提議していた)、フェミニズムやジェンダーについても学んだのだったな。
みんな実に真剣だった。
ネットコミュニケーションの仕方もここで学んだ。
とても有意義な集まりだった。いわゆる異業種交流会みたいになにかが生まれそうで、私も一瞬その会に誘われたこともあったりして。
やがて仲良しの人たちがFacebookに移動したのを機に、cafeglobeから距離ができてあまり覗きに行かない間に、2012年にその運営会社は倒産してしまった。
自分が肯定できて、すばらしい出会いもあって、cafeglobeさんには大変感謝している。
まったく今更だけれど、ありがとうと心からお伝えしたい。
cafeglobeの掲示板黎明期(1999年から2001年あたり?)に一緒に語り合った人で、いまnoteやってる人いますか?
その後、お元気ですか?
