就活に玉砕して、Etsy PODにたどり着いた話
このNoteは、47歳専業主婦がEtsy PODで収益化を目指す実録である。
私は47歳の主婦である。
25歳で結婚。30歳で出産。出産後はずっと専業主婦、子供は2人。
2、3年前から何となくずっと何かに追われているような、このままではいけないという感覚に襲われることが増え、お金を生み出さず(稼がず)夫の稼いできたお金を使っているだけの自分がダメな人間に思えてくるようになった。あと単純に、4人家族のうち、稼いでくるのは一人だけ(夫)で、その他3人が1円も生み出していない状況が恐ろしいと思うようになった。実際はパート収入があるのだが、月にほんの数万円程度。これじゃダメだ、将来が不安、でも私にはキャリアがない。
AIに聞いてみた。
「あなたはキャリアがないと言いますが、結婚前に勤めていたサービス業や事務職、何より十数年間海外で子育てをして家庭を回してきた、それは立派なキャリアです」
AIの言わんとしてることはわかる。でもそれって「専業主婦は時給換算したら〇〇円だ!」と言っていることと同じで、そういう考え方もできるけど世間一般ではそれを「キャリアです!」って歓迎してくれる風潮ではないということ。
この得体の知れない不安を解消しようと、派遣会社に登録し、転職サイトを見漁る日々が始まった。
「何となくこの仕事ならできそう」
「40代50代歓迎って書いてある」
「未経験でも完全在宅!?」
こんな感じで、ちょっと引っかかった求人に10社ほど応募してみた。
見事に面接すら進めず撃沈。
世間は人手不足と嘆いていて、売り手市場だ、なんて言われているが、流石に腐りかけのノーブランドのリンゴは誰でも買ってくれるわけじゃないのである。
やっぱり社会人経験の浅いオバサンは社会から求められてないのか、、、と不安を解消するつもりで始めた就活に更なるパンチを喰らわされた気分になった。
そんなある日、とある会社からメッセージが来た。
「一度カジュアルに面談してみない?(英語)」
不安はあったが、Zoomで話すだけなら、と面談に応じた。
面談は全て英語。感触は良好。
そこから話はトントン進み、どうやら外資系金融会社での受付業務でオファーが出されそうな話になった。
トントン進んだと書いたが、実際はオファーの話が出るまで2ヶ月半経っていて、その間追加で2回面談をしている。
その2ヶ月半が、私の心境にちょっと変化をもたらしてしまっていた。就活始めた当初は、「絶対にフルタイムに復帰して、自分の稼ぎを得て旦那に気兼ねなく買い物できるようになるんだ!!」と鼻息荒く、通勤カバンや通勤服をオンラインでポチる勢いだったのに、いざオファーが出るかも…とフルタイム復帰の現実味が出てきた途端怖くなった。
「これって、私の生活、なんなら家族の生活ごと丸っと大きく変わっちゃうよね」
「毎日朝から晩まで家を空けて、帰ってから炊事洗濯!?」
「猫も一日中お留守番??」
「そもそもそんな体力ある??」
いろんな不安がドバーっと押し寄せ、胸がドキドキ苦しくなってきた。
で結局、断った。
ちなみに、この就活は家族には完全に内緒で秘密裏に行っていた。夫に言えば世帯収入が増えると喜び、それがプレッシャーになることが予想できたし、子供達には決まったら話そうと思っていたから。誰かに話すことで、自分の意思決定が揺らぐことが嫌だったので誰にも相談せず決断した。
断った後は肩の力が抜け、ほっと安堵したが、その後やってきたのは軽い自己嫌悪。結局今の生活を変えることを恐れて、モヤモヤした気持ちを抱えながらでも楽な方向に逃げた。これじゃ何も変わらない。
インスタを開けば、
「1日数時間スマホを触るだけでOL時代の収入超えた」だの
「未経験主婦でも月収〇〇円!」だの
怪しいオススメがたくさん出てくるようになった。思わずクリックしてしまいそうになる。
やっぱり自分の収入が欲しい。
とりあえずパートは続けながら何かできることはないか。
そこでたどり着いたのが「POD(Print On Demand」である。PODとは、在庫を持たずにEtsyなどで自分のデザインした商品を売るシステムのこと。実は10ヶ月ほど前にPODなるものを知り、既に始めていたのだが、色々あって売り上げゼロのまま現在に至っている。
長くなったので、今日はこの辺で。次回は、PODを始めた経緯と、10ヶ月売上ゼロの現実を書いていく。
