みうらじゅん を つくった 京都性 『さよなら私』
第1章 円町からはじまる物語
― 少年ジュンちゃんの暮らした京都
みうらじゅん、いう名前を耳にしはったら、だいたいの人は「サブカルの帝王」とか「ゆるキャラの名付け親」、あるいは「いやげものコレクター」なんかを思い浮かべはるやろなぁ。けど、その発想の根っこには、やっぱり彼が生まれ育った京都、いう都市の土壌があります。
円町
彼の出身は、京都市中京区の西のほう、円町あたりどす。ここは祇園や嵐山みたいに観光客で賑わう華やかさとはちょっと違う。どっちか言うたら生活者の街。市電のターミナルがあって、商店街がずらっと並び、昔ながらの庶民文化が根付いてる。ほんまの「京都の暮らしのリアル」が息づいてる場所ですわ。観光パンフレットに出てくる「古都・京都」やなくて、円町みたいな街は、日常を生きてる京都人ですな。
東山高校と仏教
通った学校は知恩院系列の東山高校。浄土宗の名門で、その空気をたっぷり吸い込みながら青春を過ごしはったんや。仏像や法要なんかも、特別なもんやなくて「いつもそばにある」存在やったはずや。
せやけど、彼の家はお寺やなかった。せやからこそ、宗教を「信仰の対象」でありながら、「造形的にもおもろいもん」として眺める目が養われた。仏像を「怪獣に似てる」と言うたユーモアも、そこから来とるんどすな。宗教に真剣に向き合いつつも、ちょっと距離を取ってネタに変えてしまう。その古いものに新しい息吹を吹き込んでいくという両義性は、京都の特殊性でもあります。
仏像との出会い ― 怪獣的親近感
みうらが仏像に惹かれたんは中学生のころ。怪獣と仏像が似とる、と彼自身が言っている。たしかに仁王像や明王像の迫力ある造形は、円谷プロの怪獣を連想させるとこがあるなぁ。
でも、ほんまの理由は別にあるかもしれへん。つまり、仏像は「語りのネタ」でもある。信仰の真剣さと、ネタにする軽やかさがありますな。
浪人と美大 ― 造形への志向
東山高校を卒業して浪人生活を経て、美大へ。せやけど、むしろ浪人生活の修行時代に「造形を見る目」や「対象をユーモラスに解釈するセンス」が磨かれていったみたいや。京都は寺も仏閣もぎょうさんあって、造形の宝庫どす。観光客は「きれい」と一瞬で片づけるけど、京都人はそれを日常として見続ける。せやからただの崇拝やなく、「笑い」や「ズレ」や「親近感」いう感覚に転化させられるんやと思う。
この微妙な距離感こそ、後のみうらじゅんのサブカル視点の大本やわ。
糸井重里との共鳴
みうらはコピーライターの糸井重里さんらと交流し、「ほぼ日」にも関わりながら活動を広げはりました。糸井さんのコピーが「軽やかな言葉」で人をつかんだように、みうらのアイデアも「笑いと脱力」で人を魅了した。
京都の芸能は「間(ま)」を大事にします。能や狂言では、沈黙や余白が観客の心をつかむ。みうらも「俺が面白がる」姿勢を前に出しつつ、強制せん。そこに余白があるから、他人が勝手に入り込み、ブームが広がる。この「間合いの妙」が仕掛け人としての力やったんやろなぁ。
東京人には斬新に映る発想も、京都人には「そらそうやろ」と思える自然なもの。それを言葉にし、笑いに変えて全国に広めたんが、みうらじゅんやったんです。
第2章 『さよなら私』にみる仏教
みうらはんの著作『さよなら私』いう本は、ぱっと見は軽いエッセイ風どす。せやけど、その奥底には仏教の思想、なかでも大乗仏教や禅の考え方が、通奏低音みたいに流れてますのや。
「自分なんて、そもそもあらしまへん」という一文は、まさに「無我」や「空」をユーモラスに言い換えたもんやろな。人はどうしても「自分」に執着して、そこから苦しみをこしらえてしまいがちどす。
それを「さよなら私」とすっと言い切って、軽やかに笑い飛ばす――そこに、みうらはん流の仏教理解のおもろさがあるんやと思いますえ。
「あきらめる」は、仏教用語である「明らめる」が語源
「あきらめる」いう言葉の語源は「明らめる」。仏教でいうところの、「物事の真理を明らかにすること」。それが、「我執」を捨てるということと繋がっとるんですわ。どうにもならん現実を無理に変えようとせず、ありのままに受け入れて見極める。これが釈迦以来の大事な教えですわ。
「主役降板」
さらに彼は「主役降板」、つまり「自分が人生の主人公である」という思い込みから降りよ、と言います。これ、仏教でいう「無我」の考えに通じますな。
自分を脇役に回して、他人を主人公にする。すると世界はがらりと違う景色を見せる。京都の祭りや町家の暮らしも、だれか一人が突出するんやなく、「みんなで一つ」を大事にするやろ? まさにその感覚ですわ。
要するに、みうらじゅんの思想は仏教を核に持ちながら、それを京都的ユーモアで語り直したもんやった。彼は学者やあらしまへん。けど京都の空気に育まれた「日常の仏教感覚」を、現代の笑いとサブカルに置き換えはった。そのことこそ、彼の独自性の芯やと思いますわ。
そのほかにも、ぎょうさん仏教に関わることを語ったはりますわ。
『さよなら私』のセリフについての注釈(解釈)
『さよなら私』
このタイトルそのものが、核心である「自己からの解放」を表してますえ。わたしたちが執着してやまへん「私」という存在に、軽く「さよなら」を言うて、もっと身軽に生きていこか――そんな提案が込められてるんどす。
ネバーギブアップ。キープオンロッケンロール。実は重要なのはネバーとキープオンの地味なほうです。
派手な「ロッケンロール」や「ギブアップ」に目が行きがちやけど、ほんまに効いてくるんは「ネバー」と「キープオン」や。つまり地道に続ける力やねん。京都の職人はんが、毎朝同じ仕込みを欠かさへんのとよう似た精神やと思います。
「そもそもはない」
「ない」とは単なる否定やと思ったら大間違いや。「ある」ことすら前提とせん、まるきりの「空(くう)」を指してる。つまり「自分」や「絶対の正解」なんて、はなからどこにもあらへん、いうことやね。
ソーヤングなころは、やたら好き・嫌いにこだわった…
若いころは、ほんまに「好き」「嫌い」に一喜一憂します。せやけど、実のところは「相手」やのうて、「好きになってる自分」に酔うてるんやと気づかされます。思い通りにいかんと、勝手に相手を責める――それ、ほんまに愛やったんか?と問い直さはるんですな。
「好き」と「向いてる」は違います。
「好き」が必ずしも「得意」やない。ときには好きが遠回りを呼びます。けど、その遠回りが人生の深みや彩りをつくる。京都の道も真っ直ぐやあらしまへん。曲がりくねった小径にこそ味わいがあるように。
選択肢って、じつはふたつしかない。
人生の選択は複雑そうに見えて、「行くか行かへんか」「好きか嫌いか」、この二択に収斂してしまう。あれこれ迷うより、シンプルに決めて歩いたほうが楽なんやと示してくれはる。
「あきらめる」は明らめる。
あきらめる、いうても投げ出すことやのうて、物事の本質を「明らかに見る」こと。京都人が「しゃあないなぁ」と笑いながら受け入れる、その軽やかな諦観に通じてますわ。
「そこがいいんじゃない!」
欠点を丸ごと受け入れる言葉。完璧やないからこそ、人もモノもおもろい。ええとこだけやのうて、「そこがええんや」と言い切る包容力やね。
「うちの家は広すぎて困る」
近所いっぺんに自分の敷地と思う。バカらしいけど、発想一つで世界は広がる。所有に縛られず、「ここもわたしの離れ」と思える心持ちのゆとり、まさに京都の町内感覚どす。
最終的にはひとりぼっちで死んでいく…
淋しさを「予行演習」として受け入れる。人はみな淋しい。せやのに他人ばっかり楽しそうに見えるのは、自分が「淋しさを味わう努力」を怠ってる証拠やと。ちょっと厳しいけど、あったかい諭しやね。
主役降板
「人生の主人公は自分や」と思い込んできたことを降りる。脇役になって、周りを主人公にしてみる。そうすると違う景色が広がるんや。京都の祭もそうやろ、誰か一人が主役やのうて、みんなで担うとこにほんまのおもしろさがある。
やさしくてもかまわない
「終わりがあるなら、やさしくてええやないか」。人間関係は有限やさかい、最後に残るのは優しさや。いがみ合うてる暇はおまへん、という簡素で温かい真理どす。
「ゆるキャラ」
中に人がおるのは百も承知。それでも一生懸命に振る舞う姿が笑える。その「無自覚さ」に人は救われる。これは京都の「見立て」文化にも通じるわ。わざとらしさを超えた素朴なおかしみが、心をゆるめるんやね。
「ゆるキャラ」は中身は人間なんですが、いったん着ぐるみをかぶるとそれはキャラクター。一生懸命に見えれば見えるほど笑いが込み上げてくるのは、無自覚だからです。人を忘れた瞬間、人は笑える。」
人生サーファー
「結局、だれしも歳を取り、ここにいられなくなります。ずっとここにいたいと思い、そうするにはどうすればいいのか?」
「ずっと考え続けていても、ここにはいられません。立ち位置が変わっても、”ここはここ”と思える勇気が必要です。それには覚悟が入ります。どうせ歳をとるなら、どうせ死ぬんだから、というポジティブな覚悟で生きるしかありません。人生だれしも退屈なものだから、いろんなことをしながら退屈を紛らわせています。こいや仕事や家庭や愛と感じる気持ちはみな、退屈にならないための要素です。」
桜が散っても紅葉が色づくように、形は変われど、その場には風格が残っとる。諸行無常を知りつつ、形は変わっても、なお「今ここ」にいはるものがある。それが揺れ動く海との関係を、楽しんで戯れているサーファーの極意なんやろか。
キープ・オン・バカさ
若さは年齢やなく「バカさ」の総量。永遠を信じたり、無鉄砲に突き進んだり。ほんまはその“バカさ”こそが人生の燃料やった。京都の人間も、伝統守りながら時々えらいバカなこと、仕掛ける。それが文化を動かす力なんや思いますわ。
第3章 京都が生んだ仏教ユーモア思想
彼が発明した言葉が、数多くあるやけど、その発想は京都人にとっては、当たり前の感覚や。
マイブーム
1990年代にみうらじゅんが生みはった「マイブーム」という言葉。今や誰でも自然に使うようになった。
「マイブーム」とは、単なる趣味やない。「誰も注目してへんもんに、自分が先に熱中し、勝手に愛でて楽しむ」。それがやがて周囲に伝染して、社会現象になる。
これ、京都の文化の育ち方とよう似てますなぁ。茶の湯も華道も能楽も、最初は一部の人だけが楽しんで、じわじわ広がって大衆文化になった。外から押し寄せるんやなく、中からふくらんでいく。まさに「内発的」な文化形成どす。
自分ひとりがハマってるもんを徹底的に楽しむというもの。でも「みんなもやれ」とは言わへん。「ぼくはこれが好きでしゃあないんや」と前に出すだけ。それが結果的に人の共感を呼ぶ。真剣やけど、どこか照れを混ぜて語る。みんながハマるという「ブーム」と、自分の中だけで勝手に夢中になっているという、相反する二つの意味を「マイブーム」という言葉に込めている。これが東京の大衆文化の中では強烈なインパクトを放ったんやろうなぁ。
「ゆるキャラ」という、みうらのマイブーム
みうらが名付け親になった「ゆるキャラ」。全国にご当地キャラが溢れてますけど、その感覚も京都に根ざしてると言えますわ。
千年以上の歴史を持つ京都の祭りや行事には、厳格さの中にユーモラスな「ゆるさ」が潜んどります。祇園祭の山鉾にしても、豪華絢爛な中にちょっとした遊び心が込められてる。縁日の屋台の雑多さも同じ。
「ゆるキャラ」の可笑しさは、着ぐるみの中に人が入ってるんがバレバレやのに、そこを突っ込まんと楽しむ「見立て」の感覚や。完璧さや権威を崩して、不完全さを愛でる。それは京都の美意識そのもんやないですやろか。
Since な看板
みうらは、「Since」と書かれた看板を集めている。
100年の歴史がある老舗が「Since 1900」と掲げるんはええやろ。25年でもまだ納得できる。けど、わずか数年しか経ってへん店が「Since」を名乗ると、どうにもおかしい。今年開業したのに「Since」と掲げる例まであるらしい。
この「おかしみ」に敏感なんは、やっぱり京都人やからやと思う。京都では「古さ」に絶対的な価値がある。長い歴史を誇る寺や老舗こそ尊い。せやから、2年の歴史で「Since」を言うことのズレを、みうらは面白がることができるんや。しかも、それを批判やなくて「ブーム化」として楽しむ。ズレを笑いに昇華させてるところがまたおもろいわ。
「若作り」への逆襲としての「老けづくり」
現代社会いうんは、「若さ」を絶対的な価値としとりますなぁ。アンチエイジング、ダイエット、整形やフィットネス、みな「いかに老いを隠すか」に必死になってはる。せやけど、みうらじゅんはそこで逆を張るんですわ。
彼が打ち出したのは「老けづくり」。わざわざ「若く見せる」努力やのうて、むしろ「老け」を演出するというんや。自分でも「おじいちゃんになりたくて髭を伸ばした」と冗談めかして言うてはるけど、これは単なるギャグやあらしまへん。現代社会への痛烈な批評どす。
京都は昔から「若さ」より「古さ」に価値を置いてきた町や。老舗の看板、伝統行事、歴史の重み。そういうもんが尊ばれてきた。せやからこそ、「老けづくり」という発想は、東京的な「新品、第一主義」へのカウンターであるわけや。
ヒゲラルキー ― 髭の長さは、社会的ヒエラルキー
みうらは「髭の長さには階層がある」と喝破し、「ヒゲラルキー」いう造語まで生み出した。お坊さん、田舎の長老、学者はんなんか、髭を立派にたくわえた人は、それだけで偉いイメージがある。そこには「長さ=時間の積み重ね=重み」という無意識の価値観があるんやろなぁ。
京都では「長く続くこと」自体が何よりの価値や。千年の神社、数百年続く老舗、それだけで人は納得する。髭もまた「長く生きてきた証」として見られるのは自然のことやろ。
若さの都市 vs 老いの都
ここでおもしろいのは、東京と京都の対比や。
東京:若さ、新しさ、スピード、効率
京都:老い、古さ、遅さ、余白
東京は流行がすべてや。新しいカフェやファッション、音楽。それが一瞬で話題をさらう。けど古いもんは「ダサい」と切り捨てられるんや。
一方、京都は違う。創業百年の店はそれだけでブランドやし、古びた道具や言葉づかいも「伝統」として誇られる。せやから、みうらの「老けづくり」や「ヒゲラルキー」は、まさにこの京都人にとっては当然のこと。やけど、東京は、それを逆説の笑いとして、受け取ってるわけや。
京都人のユーモアは独特で、よう皮肉や逆説を好みます。「おたくはん、立派な時計してはりますなぁ」と褒めながら、心の内では「ちょっと成金っぽいな」と思う。そういう二重性が常にあるんや。
みうらの発想は、まさにその「逆転の美学」や。
東京における「京都的発言」のインパクト
東京いう都市は流行や効率に目を奪われすぎて、「歴史」を見落としてるんとちゃいまっか。みうらは、その中で、「老けづくり」「Since」をネタにする。東京人が置き去りにしてきた価値観を、笑いでひっくり返しとる。だから、ほんまもんのサブカルなんや。
こうして見れば、「老けづくり」も「ヒゲラルキー」も、ただのギャグやおまへん。
ユーモアと仏教的視点
彼の文体には、いつも仏教の風が通うてます。中学時分の仏像体験から、美大での造形、のちの著作にいたるまで、すっと一本筋が通ってる。
『さよなら私』で繰り返される「そもそもはない」は、まさに“空”の手触り。
「主役を降板する」は、執着をほどいて自己中心から離れる実践を、ちょいと笑いに包んで言い換えたもんやろ。
つまり彼のユーモアは、笑いで終わる笑いやない。生き方の工夫どす。仏教都市・京都の土壌が、その根っこの栄養になってるわけやね。
みうらの仕事を一言で言うなら、「笑いの力を借りた文化翻訳」どす。
伝統と歴史 → 「Since文化」へのやさしい皮肉
老成と古さ → 「老けづくり」という逆転の美学
無自覚の可笑しさ → 「ゆるキャラ」現象
個人的熱中 → 「マイブーム」という普遍概念
「マイブーム」は、個の主体性を尊ぶ文化を広げた。
「ゆるキャラ」は、土地のアイデンティティ再発見に火をつけた。
「老けづくり」は、若さ一辺倒への穏やかな異議。
仏教的エッセイは、専門の思想を生活語へ開いてくれた。
周縁のものが中心を揺らす――サブカルの底力を、みうらは体現して見せはったわけです。
「さよなら私」という一言は、みうらの人生観と京都性の結晶や。
“私”への執着をすっと手放せば、人はもっと自由に、もっと軽やかに生きられる。しかもその自由は、笑いを通じて他者と分かち合える。
京都の歴史がそうであったように、過去と現在、伝統と革新をつなぐ作業は、いつだって「笑い」と「ゆとり」を連れてくる。仏像にも、看板にも、キャラクターにも、その精神を見いだしてきたのがみうらやないでしょうか。
せやから私たちは学べるんです。「古さに宿る価値を、笑いとともにもう一度見つけ直す」。それが、みうらじゅんを通じて京都が教えてくれる一番の知恵どす。
京都から世界へ
総じて言えば、「ローカルな感覚はユニバーサルに届く」ということどす。
京都という特異な環境で育った価値観は、内輪話やのうて、東京でも全国でも通じた。そこには「古さをめでる」普遍の感情があったからやろ。
この先、海外に紹介される折には、「ゆるキャラ」や「マイブーム」は日本文化の要として受け止められるはず。京都的な視点は、外の世界へ出ても、まだまだ新鮮どす。
その営みは過去形やなく、いまもなお、街角の看板やローカルキャラ、そしてそれぞれの「マイブーム」の中に息づいとる。みうらが笑いながら指さした先――それこそが文化を生き延びさせる力であり、京都が生んだサブカルの知恵どす。
