琵琶湖歩き旅① 浜大津→JR比叡山坂本駅
著 dewa_heron
はじめに
今からお見せするのは、私が2025年4月~6月に琵琶湖の周りを歩き、「琵琶湖制覇」をしたときの記録です。
私は京都在住。小さい頃から琵琶湖に行く機会は結構ありましたが、親のドライブに連れられて行くか、観光地をスポットで訪れるばかり。それではなんだか物足りない気がして、いつか一周してみたいと思うようになりました。
琵琶湖一周といえば、最近はサイクリングでの「ビワイチ」が知られていますが、せっかくなのでもう少し違った方法で琵琶湖を回ってみたい。しかし、公共交通機関だと速すぎて物足りない。それならば、徒歩で回ってしまえば良いのではないか。
とはいえ、琵琶湖は一周約200km。一度に歩こうとすれば1週間程度かかる想定であり、仕事の関係上、そのようにまとまった休みをとることは不可能。そこで、琵琶湖を一周するコースを何区間かに分けて歩くことで、疑似的に「ビワイチ」することにしました。回を区切るため、厳密には「一周」とは言えないかもしれませんが、少なくとも「琵琶湖を歩いて制覇する」旅にはなるはずです。多分。
今回の歩き旅の概要ですが、浜大津にある大津港を起点として、琵琶湖を時計回り(大津→近江今津→長浜→近江八幡→大津)に回っていくルートを採っています。時計回りにした理由は追々説明できればと思います。
ルートの詳細ですが、ビワイチのサイクリングコース(大半が歩道あり)を基本としています。ただし、
①歩行者にとって危険と判断した場合
②迂回路に魅力を感じた場合
③そもそもサイクリングコースがどこかが分かっていない場合
は、その場の判断でルートを変えています。
また、歩き旅のコースまでは鉄道で移動しているため、鉄道とサイクリングコースが大きく離れている場合(主に湖東地域)は、
・鉄道駅に近い地点でサイクリングコースを離脱する。
・歩き旅を再開する際は、必ず前回離脱した地点まで戻ること。鉄道駅からゴールにショートカットできる道があっても利用しない。
というルールで進めています。
ちなみに何回に分けて歩いたか(そもそも無事に琵琶湖制覇を成し遂げられたか)はお楽しみです。
最後にこの旅の記録を書いたきっかけです。
もともと自己満足でやっている旅なので、写真以外に記録を残すつもりはありませんでした。
しかし、ある友人から旅行について書いてほしいと頼まれたので、文章に残すことにしました。なかなか書き進められずに、半年ほどかかってしまいましたが…。
きちんと記録を書くというより、書きたいことを書き散らかした感じなので、読みにくいところもありますが、お付き合いいただけると幸いです。
(ここで補足)
Googleで調べたところ、200kmという距離は神戸・名古屋間を高速道路で移動したときの経路に相当するそうです。長いな…。
「疑似琵琶湖一周」と書きましたが、輪の国びわ湖推進協議会のホームページを見る限りでは、琵琶湖一周サイクリングの認定を受けるうえで「一周には何日かけても、何回かに分けてもOK」とあるので、今回の歩き旅も立派な「ビワイチ」と言って良いと思います。
調べてみると、私と同じような方法で「琵琶湖一周」された方もいらっしゃいますし…。
輪の国びわ湖推進協議会 「びわ湖を一周して、認定証とステッカーを手に入れよう!」
https://www.biwako1.jp/support/authorize (2026/03/08 確認)

琵琶湖歩き旅①
1回目(浜大津→JR比叡山坂本駅)

1.浜大津へ ~旅のはじまり~
2025年4月29日(火)。1回目。
記念すべき1回目…ではあるものの、当時の自分にはそのような自覚はあまり無かった。
この時点では、週1で琵琶湖を周っていつゴールできるかの見通しが立っていなかったし、そもそもゴールするまでモチベーションを保てるのかも分からなかった。
7~9月は暑さで中断せざるを得ないだろうし、とりあえず年内にゴールできればいいや、という適当なスケジュールだった。
京都在住者からすれば、大津は近い。京都駅からは琵琶湖線(JR東海道本線)を東に進めば、たった2駅で着く。
14:20頃に大津駅に到着。
滋賀県の県庁所在地にして最大の都市、大津。
その市名を冠する駅にしては街の中心から離れている気もするが、地形を見たら理由は容易に想像がつく。駅がある場所は山に近く、浜辺と比べて標高が高い。京都から逢坂山を越えたばかりの鉄道は山側を通らざるを得ず、(レール上を転がるので)勾配に弱い鉄道が湖岸の市街地まで一気に下るのは困難。さらに東に向かって延びているわけなので、おのずと大津の代表駅はこの場所につくらざるを得ない。事実、鉄道ができた当時は「大津駅」という名称自体、何度か移転している。
ということで、大津駅に着いたからといって、琵琶湖が待ってくれるわけではない。琵琶湖と対面するにはまず坂を下ることから始まる。
それにしても、個人的に大津というと結構人がいるイメージを持っていたが、駅前を見るだけだと思ったより少ない。
そもそも、よくテレビとかで「駅前=その都市の中心」みたいな演出を見かけるが、あんなものは都会の感覚でしかない。大阪駅も京都駅もそうだが、もともと旧市街の外れに駅をつくるケースも多く、それでもターミナル駅として発展するのは都市が拡大し、かつ鉄道利用者が多数確保できる場所、すなわち大都市だからであり、日本中見渡せばそのような場所の方が少ないだろう。
いきなり話が逸れたが、歩き旅というと時間が長いので、ついつい色々なことを考えてしまうもの。この記録では、琵琶湖の風景を書くのはもちろんのこと、時には違う方向にも話を広げてみたい。そのほうが、私の歩き旅らしい。
ところで、なぜ駅前の話から始めたかというと、これから私が書いていく滋賀の景色は、あくまで自分が切り取った一部分に過ぎず、それだけで滋賀県のイメージを決めてほしくないからだ。私の中で、滋賀は2番目に好きな都道府県なのだが、この旅行記のせいで変なイメージがつけられると悲しい。一番好きなのはどこかって?何回か読んでいただければお分かりいただけると思う。
話が逸れたついでに、今のうちに書いておくと、京都在住と書いたが、以前島根県出雲市に住んでいたことがあるし、小さい頃から親戚の住む島根県にはよく行っていたので、滋賀の旅行記と言いながら、たまに島根の話を書くかもしれない。
歩き旅に話を戻す。まずは、駅前の案内図を見て浜大津までの経路を確認する。
実際のところ、琵琶湖の方向さえ分かっていれば道に迷うことはないのだが、歩きやすそうな「中央大通り」を選んだ。さっきの話ともつながるが、山側の大津駅から琵琶湖にまっすぐ敷かれているため、歩きながら琵琶湖を眺めることができる。

それにしても、時間帯のせいか、「中央大通り」という名前の割にはあまり人がいないように思える。役所やオフィスが近いので、平日には違った景色が見られるのかもしれない。よく考えたら、歩行者が少ないのは車社会だからか。

坂を下ると島の関という地域に入る。
京阪石山坂本線の踏切を渡ると大きな交差点があり、それを渡ってしばらくすると水上警察隊の分駐所が見えた。ここからは公園に入る。
後で調べるとこの公園は「なぎさ公園」というらしく、琵琶湖に沿う形で東西に伸びている。天気の良い日に、琵琶湖とその上に浮かぶ遊覧船、ヨット、湖岸の景色を眺めながらのんびりできるスポット。
親しい人と一緒にゆっくり散歩するのも1つだろう。その中を速足で歩いた私はおそらく異質な存在である。
遊歩道を西にしばらく進むと大津港があり、そこから観光船に乗ることができる。自分が通ったときには列ができていて、スタッフらしき方が何やらアナウンスをされていた。乗船案内だろうか。
大津駅前より遥かににぎやかだった。
観光船乗り場の隣りには広場があり、子どもたちの遊び場となっていた。謎の柱が並び、湖側には「BIWAKO」のモニュメントがあった。公園はここまで。このあたりは、人が写り込むため、写真もほとんど撮っていなかった。
…当時は何も思わなかったが、後で写真を撮らなかったことを悔やむことになる。
2.大津港→唐崎 ~市街地との格闘~
大津港を抜けて坂本方面へ進む。
ひとまずこの日のノルマ(目的地)だが、出発が遅かったので、遠くへの移動は望めない。もっとも、1回目でお試しの感覚もあったので、距離を稼げなくても問題ない。ひとまず鉄道駅がある唐崎、比叡山坂本あたりをノルマにすれば良いだろう。
大津港から先は方向が変わり、北に進むことになる。
とりあえず「高島」「敦賀」の方向に進めば迷うことは無いが、一応基本のルートは決めておこう。
選んだのは県道558号線。この道路はかつての国道161号線(大津と福井県敦賀市を結ぶ国道)であり、交通量が多い。それならば歩道等も整備されているだろうという考えである。
浜大津を出て、観音寺、尾花川。近くには、琵琶湖と京都を結ぶ運河、琵琶湖疏水の起点がある。開削以降、京都の産業と生活を支え続けた「生命線」。ぜひ見て帰りたかったが、知らぬ間に通り過ぎてしまったらしい。競艇場を過ぎてからは商業施設が両側に建ち並ぶ。さすがは元国道。車の出入りが激しい。当然琵琶湖は見えない。
茶が崎を通過。ここを西に行くと、JR大津京駅がある。こちらは湖西線の駅である。
湖西線とは、その名の通り、琵琶湖の西側を通って山科(京都市)と近江塩津(長浜市西浅井町)を結ぶ路線である。京阪神と北陸を最短ルートで結ぶ役割も担っており、高架の路線で踏切が無い。
琵琶湖歩き旅の前半はこの湖西線の列車に見下ろされながら…、いや、見守ってもらいながら進めることになる。

15時15分頃、柳が崎を通過。ちなみに、通過した場所と時刻を記録できているのは、こまめに写真を撮っていたからである。この柳が崎を左に曲がると、かるたの聖地として知られる近江神宮に行けるらしい。
しばらく進むと商業施設が並ぶゾーンは終わり、今度は自衛隊の駐屯地が見える。その先は「際川」という地区に入るが、ここからが長かった。どこまで行っても電柱の住所表示が「際川〇丁目」。琵琶湖を右にして歩いているのは確かだが、なぜか進んでいる気がしない。
…と不安になっていたが、地名は変わって唐崎に。進んでいたようで安心。湖西線基準でいうと、この唐崎は大津京の次の駅。思っていたより1駅分歩くのに時間がかかったが、まだ時間に余裕があるので、唐崎の次、すなわち比叡山坂本までは歩けるだろう。1回目の旅はまだ続く。
しかし、ここで問題が発生。
県道558号線の歩道が途切れていた。
これは誤算であったが、今更どうにもならない。ここから先まっすぐ歩くのは危険と判断して迂回。
住宅地を通り抜けて、県道側の歩道が復活したところで県道に戻った。住宅地を歩くとなると、道がわからないのに加えて、記録に書くネタが無い。実際はもう少し唐崎という地域と格闘していたが、記録上あっさり通過してしまった。
3.下阪本→比叡山坂本駅 ~歴史あふれる街道を歩く~
次は下阪本という地域。字が違うが、坂本に近いのは確かだろう。
このまま県道を進んでも良いのだが、また歩道が途切れたときが面倒だったので、ここから脇道に入ることにした。ただの脇道ではない。「旧北国街道」である。
名前が示す通り、歴史ある道路ということで、訪問客向けの案内板がところどころに立てられていた。ただし、実際は観光客がぞろぞろ歩いているわけではなく、生活道路としての要素を強く感じる。
自動車が通る割に細い道なので、歩く際は注意が必要だが、県道(旧国道)とは異なる趣があって面白い。
下阪本から旧北国街道を北に進んでいくと、右手に坂本城跡の石碑が見える。

坂本城は、1571年の比叡山焼き打ちの直後、織田信長が明智光秀に築かせた水城。1582年の山崎の合戦で光秀が敗れた後に一度焼失したが、丹羽長秀により再建され、1586年頃に当時の城主が大津城に移るまでの間、使用された(石碑のそばにあった案内板をもとに記述)。
ちなみに、大津城は現在の浜大津に存在していた城であり、さっき通ったばかりなのだが、その痕跡はほとんど残っていない。こうした史跡にばったり出逢えるのも歩き旅の面白さである。
本当は城跡めぐりもしたかったが先を急ぎ、旧北国街道を進む。
下阪本5丁目交差点では県道558号線と再会。というより、旧北国街道を横切る形で県道が通っているため、それを渡らないといけなかった。横断歩道が無かったため、歩道橋を渡ったが、そこから辛うじて琵琶湖が見える。写真は一応撮ったが、ボートが大量に写りこみ、琵琶湖がただの背景と化していたのでボツ。
さらに街道を進み、若宮神社というお社の前で左折、すると県道316号線に入るので直進すると、JR比叡山坂本駅に到着した。この時点で16時半頃。今回は1回目だし、お試しの要素が強かったので、ここまでにしよう。

それにしても、今回は琵琶湖要素が浜大津以外ほとんど見られず、住宅地を通った時間が非常に長い。
果たしてこれは琵琶湖の歩き旅なのだろうか?と突っ込みが入りそうだが、市街地の隙間を縫うように進んでいるので、今は仕方が無い。おそらく次回から琵琶湖を眺めるチャンスが増えるだろう。
ちなみに、今回浜大津から比叡山坂本まで移動する際に、県道558号線を利用したが、
後で調べると、大津港からしばらく西に進み、県道47号線を北に進むルートがまだ進みやすいらしい。
やはり下調べはちゃんとするものである。47号線沿いには三井寺、近江神宮といった名所があるので、「なんでも良いから琵琶湖を歩きたい」という人だけでなく、ゆっくり大津観光を楽しみたい人にもおすすめだ。
・今回の成果
JR大津駅 → 浜大津・なぎさ公園 → 唐崎 → JR比叡山坂本駅
2時間でおよそ10km程度。単純計算で琵琶湖一周ルートの5%。ううん、先は長い…。
(つづく)

※カバー画像について
浜大津のなぎさ公園にて撮った写真。琵琶湖は山に囲まれているはずだが、桟橋の向こう側にあるはずの山並みは見えない。琵琶湖はどこまで広がっているのだろうか、そしてどんな景色を見せてくれるのだろうか。
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