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猿田彦神 × 天狗

人生には、何をやっても思うように進まない時期があります。私も数年前にそんな時期があり、その時に体験した不思議な話です。
長年勤めた会社を退職した直後、家族が大病を患いました。幸い退院できたものの、今度は私自身が体調を崩してしまいます。回復には思いのほか時間がかかり、気持ちも長く沈んでいました。

そんなある日不思議な夢をみました。

深い闇の中、どこからともなく、ぶつぶつと何かを唱える声が聞こえてきました。枕元には高下駄がありました。ゆっくり視線を上げると、大きな数珠が胸元まで垂れています。顔は笠に隠れて見えません。ただ、何かを低く唱える声だけが静かに響いていました。

夢の中では恐ろしさを感じていました。しかし目が覚めると、不思議と恐怖はありません。「見守られている」——そんな感覚だけが残っていました。

しかし、あれは天狗だったのでしょうか。それとも猿田彦様だったのでしょうか。その夢の意味を、後になって色々と調べてみました。

猿田彦神様と天狗

「猿田彦神」は天孫降臨の際、天から来た神々を正しい道へ導いた存在です。そのことから、人生の進路を見定め、新しい挑戦や困難な状況の中で進むべき方向を見つけてくださる「道開き」の神として信仰されています。

「天狗」は奈良時代から山岳信仰と結びつき始め、平安時代には人に取り憑く「鳶(とび)」のような鳥の姿をした魔物として語られるようになります。そして秋葉山の守護神である大天狗や、牛若丸(後の武将・源義経)が幼少期に剣術を学んだという伝承で知られる鞍馬山の天狗も有名です。

二つの境界を守る存在

猿田彦様の境界は、神話の中で「天」と「地」の境目に現れる神です。(神域と人間界、旅立ちと到着、過去と未来、日常と非日常)まさに「境界の神」です。

天狗は山と里の境界を守る存在です。昔の人にとって山は単なる自然ではありませんでした。(木材をもらう場所、神がいる場所、死者の魂が行く場所)

猿田彦様は天と地の境界に立ち、「通して導く境界の神」です。天狗は山と里の境界に立ち、「試して鍛える境界の存在」です。どちらも「こちら側」と「あちら側」の間に立っています。

猿田彦様は入口の守り手であり、神世と現世の守り手です。進むべき道を見定め、自らも他者も正しい方向へ導きます。

天狗は変容のための試練を与える存在であり、俗世と霊場の番人です。境目に立ち、行く者を導き、不要なものを通しません。

私が夢の中で見たのは猿田彦様か? 天狗か?

今振り返ると、あの夢は「変化を恐れず進みなさい」という励ましだったのかもしれません。そして、進むためには、自分の自我を静かに見つめ、目の前の物事へ敬意を払うことも忘れてはいけない——そんな気づきを受け取ったように思います。

それ以来、「人生にも境界があるのなら、焦らずその時を待てばいい」と思えるようになりました。

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