【エッセイ】余白日記・私はどこにいる
「水槽の中の脳」という思考実験がある。
この世界は、本当は存在しないのかもしれない。水槽の中の脳に電気信号を送り続けることで、私は世界が存在していると思い込んでいるだけなのかもしれない。
そして、それを否定することはできないという。
おもしろい話だ。
でも、ひとつだけ引っかかる。なぜ、脳なのだろう。
世界を見ているのは目だ。
音を聞くのは耳。
匂いを知るのは鼻。
温度を感じるのは肌。
味を知るのは舌。
脳は、それらから送られてくる情報を受け取っているだけではないのだろうか。
昔の人は、心は心臓にあると思っていた。
「腑に落ちる」と言い、「腹を決める」と言い、大切なものは体の中心に宿ると考えた。
いつからだろう。脳が主役になったのは。
考えることが人間らしさになり、脳こそが私だと言われるようになった。
でも、本当にそうなのだろうか。私は脳を持っている。
それとも、脳が私を持っているのだろうか。
脳は、自分が理解できるものだけを世界と呼ぶ。理解できないものには、
「存在しない」
「まだわからない」
そう名前を付ける。
それは本当に世界の限界なのか。それとも、脳の限界なのか。もし私が脳に乗っ取られているのなら、
「私は脳だ」
という結論にたどり着くのは、とても自然なことだ。
だって、そう考えているのが脳なのだから。
私は私の本体を知らない。
脳かもしれない。
心臓かもしれない。
体そのものかもしれない。
あるいは、そのどれでもないのかもしれない。
水槽の中の脳という考えよりも、私はそのことの方が不思議に思える。
私は、いったいどこにいるのだろう。
