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余白日記・自然科学と心理学と占い

「科学的に証明されています。」

この言葉には、不思議な安心感がある。
私もそうだ。科学的と言われると、それだけで信頼してしまうことがある。

けれど、少し立ち止まって考えてみる。科学とは、「正しい答え」のことなのだろうか。

自然科学を見てみると、その歴史は正解を書き足してきた歴史というより、正解を書き換えてきた歴史のように見える。

天動説から地動説へ。

ニュートン力学から相対性理論へ。

どちらも、それまでの考えを否定するためではなく、より広く世界を説明するために更新されてきた。

心理学も同じだ。

近年、有名な研究の中には、同じ実験をしても同じ結果が得られないものが少なくないことが分かった。再現性の問題は分野全体に大きな影響を与え、研究手法そのものを見直す動きにつながっている。らしい。

私は、この出来事を科学の弱さだとは思わない。
間違いを認め、方法を見直し、より確かなものへ更新していく。その仕組みこそが、科学の強さなのではないだろうか。

だから、私たちが信頼しているのは「科学」という結論ではなく、本来は「更新し続ける仕組み」のはずだ。

ところが、日常では「科学的だから正しい」という言葉だけが一人歩きすることがある。

結論だけを受け取り、その結論がどのように導かれ、どのように見直されるのかまでは意識しない。

それは少し不思議なことだ。科学の価値は、間違えないことではない。間違いを修正できることにある。

私は、占いと科学を比べたいわけではない。気になっているのは、私たち自身の姿勢だ。科学は、自らを更新し続けることで前へ進んできた。

では、私たちはどうだろう。

「科学的」という言葉を受け取ったとき、その背景にある営みまで見ようとしているだろうか。

もしかすると、科学を信頼することと、科学という言葉を信じることは、似ているようでまったく違うことなのかもしれない。

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