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【エッセイ】私と色

昔、日本語の色は四色だったと聞いたことがある。

赤い。
青い。
黒い。
白い。

「い」がつく色は、この四つだけだという話だった。

バスに乗っているとき、ふとその話を思い出した。

本当に四色で足りたのだろうか。

車内を見回すと、色はいくらでもある。

広告には赤や青、黄色や緑。
外を見れば看板や信号、自動販売機。

世界は色であふれている。

でも少し考えてみる。

今見えている色の多くは、人が作った色なのかもしれない。

広告の色。
看板の色。
商品の色。

目を引くための色。
覚えてもらうための色。
選んでもらうための色。

昔は、こんなにたくさんの人工的な色はなかったのではないだろうか。

土は土の色。
木は木の色。
空は空の色。
水は水の色。

ただ自然に、そこにあった。

四色で充分だったのかもしれない。

赤は火や血の色。
青は空や草木の色。
黒は闇や影の色。
白は光や雪の色。

昔の人は色を細かく分けるより、大きく受け取っていたのかもしれない。

色の名前が増えれば、見える世界も増える。
でも、色が増えすぎると疲れることもある。

本当にまぶしい。

どこを見ても、何かが「こっちを見て」と呼びかけている気がする。

色がただそこにあるのではなく、こちらへ飛び込んでくる。

バスの窓から外を見る。

看板のすきまに、遠く青空が見えた。

小さな青空だった。

四色で世界を見ていたのだとしても、それは世界が貧しかったからではないのかもしれない。

今より静かに、色がそこにあっただけなのかもしれない。

私は色の多い世界に生きている。

便利で華やかで、わかりやすい世界。

でも、ときどき目が疲れる。

まぶしいなあ、現代は。

そんなことを思いながら、私は遠くの青空を眺めていた。

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