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ハトノス『Pica』ができるまで【第4回】私と「黒い雨」訴訟の出会い

(※トップの画像は2024年の『Pica』初演時、弁護士さんの写真です。)

『Pica』は「黒い雨」訴訟を題材とした話です。訴訟を題材ってなんだって話ではあるのですが、実際裁判のシーンも劇中に出てくるくらいには「黒い雨」訴訟を扱っています。

裁判扱ってる感じのシーン(『Pica』初演より 撮影:古元道広)
彼のここでの出番はわずか5秒程度。

原爆において、「黒い雨」という言葉はとても有名で、それは例えば井伏鱒二氏の小説「黒い雨」のお陰であったり、あるいは「黒い雨」の体験を語る証言がたくさん残されているからであったりするのだと思います。「雨が、黒い」というインパクトは確かに原爆による”異常”をわかりやすく伝える力を持っていますから、それが人々の心に残っていくのは、しかるべき事なきがします。

一方で、「黒い雨」訴訟はというと、恐らくその知名度は高くありません。(多分。何と比べてかとかにもよるけど。多分)
これは実は私も最初勘違いしていたところでした。表現が難しいのですが、「黒い雨」訴訟は、「黒い雨」というくらいだから、広島を代表するような裁判なのだろう、などと意味不明なイメージを持ってさえいました。
今、私に見えている「黒い雨」訴訟に、「有名」というようなイメージはありません。この訴訟は、「有名」とは対極にいる、「忘れ去られそうになっていた人たち」によるものなのだとはっきりと見えてきたからです。でもそれさえも、私が”「黒い雨」訴訟”と出会った時には、見えていないものだった気がします。

私と「黒い雨」訴訟の出会い①

時は2020年、ハトノスを立ち上げた私は広島で暮らしていた時よりも「広島―原爆」についての話題について食いつくようになっており、その時ちょうど話題になっていたのが「黒い雨」訴訟でした。

当時のことは仔細に覚えているわけではないのですが、記録によるとハトノスの公演を中止にしてしまった後だったので、落ち込んでいたのか、暇だったのか、なんにせよコロナ禍でいろんな動きが制限されている中、広島についての情報収集をする余裕があったのだと思います。話題になってるものを調べてみるか、という(私にとっては)ミーハーな理由から、「黒い雨」訴訟と向き合うことになりました。

当時一番に感じたのは、とにかく情報量が少ないということです。大学の時から「広島―原爆」については少しばかりではあるけれど勉強してきたはずだったのですが、この件についてはどのように調べたらよいか、途方に暮れました。
知り合いが開催する「広島ー原爆」を中心にした勉強会でたまたま「黒い雨」訴訟を扱うということでそこに赴き、そこで話を聞いてわかったようなわからんような感じになり、もらった資料の言葉や書かれたいきさつを一つずつ調べていきながら、ようやくわかったような気分になり、以下の記事を書きました。(こんなこと書いたことすら忘れてしまっていました…)

私と「黒い雨」訴訟の出会い②

ゆっくり解説というものをご存じでしょうか?恐らく「黒い雨」訴訟よりも有名なあのゆっくり解説です(比べるものではない)。
コロナ禍で演劇活動が制限される中、何か活動のフィールドを探していかねばと思ったハトノス代表が目をつけたのがゆっくり実況でした。ほんとどうかしてると思います。

それまで使っていたPCが寿命を迎えつつあったこともあり、年末に奮発して新しいPCを買ってサクサク動画編集ができるようになりました。そして、「ゆっくりムービーメーカー3」と「Aviutl」をダウンロードし、YouTubeで作り方の動画を見たり、某大手のゆっくり解説チャンネルの動画をパクり超絶参考にしながら、動画を作ってみました。その記念すべき第一作目のテーマが、「黒い雨」訴訟でした。

力作です。いやはや。

私と「黒い雨」訴訟の出会い③

以上のように、私はたまたま流れの中で”「黒い雨」訴訟”と出会い、noteやYouTubeでの発信を通して向き合ってきました。

3度目の出会いは発信の場ではありませんでした。その時私は「受信」の側にいました。私は読者でした。

ずっと本に挟んでいる当時のレシート。店で買った時のこと、割とはっきりと覚えている。

この続きはまた次回にでも。
過去のまとめメインであまり面白くない回ですね。noteもYouTubeも個人的には今との感覚の相違を楽しめたりするのですが…。この時足りなかったものを、『Pica』で表現しようとしているのだと思います。

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