80点で終われなかった夜が、教えてくれたこと
昨日は、深夜2時まで作業をしていた。
ここ最近、自分の業務を仕組み化することに時間を使っている。
自分がいなくても業務が回る状態にするのが理想だった。
実際、かなり理想に近いところまでは来ていた。
ただ、どうしても解決できない課題がひとつ残っていた。
調べていくと、それは自分側の問題ではなく、使っているツールのシステム側の限界だとわかった。
正直、今のままでも80点くらいの出来だった。
でも、そこで終われなかった。
質問の角度を変えて、何度も検証した。
結局、解決しないまま朝を迎えた。
普通に考えれば、80点くらいの出来で十分だ。
そこで区切って寝ればいい話だ。
睡眠時間を確保して、次の日に備える。
おそらくそれが、経営者としても、賢い生き方としても、コスパ、タイパのいい選択なんだと思う。
頭では、わかっていた。
でも「できるだけ完成させたい」という気持ちのほうが強かった。
80点で終われない理由
これだけ見ると、こだわりが強いだけの話に聞こえるかもしれない。
理想でないと嫌だ、という気持ちは確かにあった。
でも、それ以上に強かったのは別のものだった。
なぜこの仕組みができないのか。
どうすれば完成できるのか。
同じような仕組みを作った人は、他にいないのか。
結果として、仕組み化そのものは完成しなかった。
でも
「ここまでやって、それでもできなかった」
ということが、自分の中で腑に落ちた。
今の自分の限界を、全部出し切った。
そのことのほうが、大きな経験だった気がする。
オリンピック選手の記憶
自分が、高校生くらいの頃だったと思う。
オリンピックで、結果(メダルを獲得すること)を最優先する選手と、順位よりも全力を出し切ることに重きを置く選手がいることを知った。
※勿論、各々の選手に背負っているものは違うので、
結果を目指している選手が悪いということを言いたいわけではありません
当時の自分は、不思議だった。
結果が出ていないのに、なぜこんなに満足そうな表情をしているんだろう。
「全力を出せたならOK」という考え方は、頭では理解できた。
でも、腹の底までは理解できていなかった。
この歳になって、ようやくわかった気がする。
全力を出し切ることそのものに、意味がある。
そしてそれを踏まえて今の自分を理解することが、思っていた以上に大事だった。
全力を出すことが、ずっと怖かった
実は、
全力を出し切ることに、以前は恐怖を感じていた。
全力を出して、
それでも思うような結果が出なかったらどうしよう。
その怖さがあったから、いつも80%くらいで生きていたように思う。
余力を残しておくことで、
自分に言い訳できる余地を残していたんだと思う。
もし全力を出して何もうまくいかなかったら。
結果が出ない自分には、価値がないんじゃないか。
結果が出ない=自分に価値がない
この認知の歪みにより
無価値感を感じることが、たぶん一番怖かった。
この認識のズレは、無意識で起きていたんだと思う。
おそらく、
アダルトチルドレンの影響が大きいと今では理解している
これは、意志の話じゃない気がする。
もっと前の、自分でも気づいていない仕組みの話だ。
子供の頃、良い子と悪い子が自分の中で会議している感覚があった。
いつも良い子が勝っていた。
でもいつの間にか、その子たちは見えなくなった。
消えたわけじゃなくて、見えなくなっていただけだったとしたら。
だとしたら、
全力を出すことを恐れていたのも、
自分で会議を開いていたのも、
すべて見えない場所で起きていたのかもしれない。
フォロワーさんで、似たようなことを、子どもとの会話から書いていた。
子どもの頃にいたはずの「小人」が、いつの間にか見えなくなるという話。
自分の中の何かが、自分の気づかないところで進行しているという感覚は、どこかでつながっている気がする。
個人的に思考が深い方で記事を楽しく拝見させてもらっています★
まだ言葉にできていないこと
仕組み化は、完成しなかった。
課題は概ね解決したが、まだ残っている。
それでも、深夜2時まで言い訳せずに向き合ったこと自体が、
何かを変えた気がしている。
やり切った感覚
これが、自分をもう少し深く理解させてくれたり、
世界を少し丁寧に見られるようにしてくれるのかもしれない。
まだ、確信はない。
読者の方で、
最近言い訳もせず、全力で何かに取り組んだことはあるだろうか。
どんなに小さいことでも大丈夫です。
もしよかったら、少し振り返ってみてほしいです。
もしこれを読んで何か動いたものがあれば、
スキやコメントで教えてもらえたら嬉しいです。
