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「好きです」と打つのに、13回ボタンを押していたガラケー時代 〜AI は「感情」を知っているが、「感情のコスト」を知らない〜

深夜、ズボンのポケットの中で、こっそりボタンを押していた。

授業中でも、仕事中でも、誰かと飯を食っているときでも——あの時代の僕たちはそうやって生きていた。画面を見なくていい。手元だけで打てる。「あ」は1を1回、「い」は2回、「う」は3回。指が勝手に覚えていた、あの奇妙な言語。

ガラケーを知らない人に説明するのは、たぶん難しい。

あれは単なる「古い携帯電話」じゃなかった。あれは、僕たちが初めて「画面の向こうの誰かと繋がる」ことを覚えた、最初の道具だった。



「好きです」と打つのに、13回ボタンを押していた

想像してほしい。

好きな人に、初めてメールを送ろうとしている。ガラケーの小さな画面を見つめながら、文字を一つひとつ打っていく。

「す」——3を3回。
「き」——2を2回。
「で」——4を4回と*を1回。
「す」——3を3回。

たった4文字のために、13回ボタンを押す。

打ち間違えたら「クリア」を押して、もう一度。文字を消すたびに、この気持ちを送ることへの覚悟を、もう一度自分に問い直さされるような感覚があった。

送信ボタンを押してから、返事が来るまでの時間——。今のLINE「既読スルー」の比じゃない、ヒリヒリとした時間が流れた。画面をずっと見つめていた。バイブが震えたときの、あの心拍数の上がり方を、20年以上経った今も身体がかすかに覚えている。

あの頃の言葉には、重さがあった。

一文字打つのに3回ボタンを押すという物理的なコストが、言葉そのものに意味を持たせていた。軽率なことは打てなかった。送りたいことを何度も消して、何度も打ち直した。その不便な行為の中に、感情の整理があった。思いが言葉になるまでの時間があった。

今はフリック入力で一瞬で打てる。AIに頼めばもっと上手い表現を出してくれる。

でも、あの「13回ボタンを押す」という体験は、もうどこにも残っていない。


AI は「感情」を知っているが、「感情のコスト」を知らない

正直に言います。

僕はAIをめちゃくちゃ使っています。仕事のExcel業務は会社が契約しているchatGPTに投げるし、noteの記事を書くときもAIに誤字脱字のチェックをしてもらう。自宅のLinux PCでローカルLLMを試したこともある。AI怖い、信頼できない——そういう気持ちはほとんどない。むしろ積極的に使う側の人間です。

でも最近、どうしても拭えない感覚がある。

「この AI、本当にわかってる?」

AIに「ガラケー時代の若者が感じていた熱量について書いて」と頼むと、まあまあの文章が返ってくる。語彙は正確で、構成も悪くない。でも読んでいると——「経験していない人が書いた文章の匂い」がする。

その匂いの正体が、最近ようやくわかってきた気がする。

AIは「ポケベル打ち」を知っている。mixi の「足跡機能」も知っている。ガラケー時代のパケット代の仕組みも、iモードの歴史も、説明できる。

でも、「好きな人に『好きです』と打つために、13回ボタンを押した」という、あの体験のコストを——知らない。

コストが高かったから、言葉が重かった。不便だったから、伝わったときの喜びが大きかった。思いを言葉にするのが難しかったから、言葉にできたことに意味があった。

AIはその「難しさ」を経由していない。だからどれだけ精巧な文章を生成しても、あのボタンを押す指に宿っていた感情は、再現できない。これがAIの「できないこと」の正体だと、僕は思っている。情報の欠如じゃない。体験のコストの欠如だ。


テクノロジーが「コスト」を奪った瞬間、何かが消えた

ガラケーからスマホへの移行が起きたとき、「便利になった」と誰もが喜んだ。そりゃそうだ。13回ボタンを押さなくていいなら、そっちのほうがいい。誰もが疑わなかった。

でも今になって思う。あの不便さが担っていた役割が、あったんじゃないかと。

「打つのが大変だから、本当に伝えたいことだけ打つ」という自然な選別が、ガラケー時代にはあった。文字数制限があり、パケット代があり、13回ボタンを押さなければならないという摩擦があった。その摩擦が、言葉の密度を上げていた。

今は、その摩擦がない。

スタンプ一つで「わかった」が伝わる。AIが代わりに長文を書いてくれる。一瞬で送れるから、一瞬で返事を求める。ガラケーが「書くことの重さ」を教えてくれていたとするなら、スマホとAIの時代は「書くことの軽さ」を加速させている。

それが悪いとは言わない。でも、何かが変わったことは確かだ。


もうすぐ父親になる僕が、今これを書く理由

妻が妊娠しています。2026年11月、初めて子どもが生まれる予定です。

胎動があると、妻が「動いてるよ」とお腹に手を当てさせてくれる。その感触を感じるたびに——うちの子が10代を迎えるころの世界を、想像してしまう。

その子が初めて誰かに気持ちを伝えようとするとき、そこにはきっとAIがいる。「どんなメッセージを送ればいいかな?」と聞けば、最適化された言葉が即座に出てくる。

それが悪いことかどうか、今の僕にはわからない。でも確かなことが一つある。

ガラケーのボタンを13回押して送った「好きです」は、もう二度と生まれない。

うちの子は、あの不便さを経由せずに育つ。言葉の重さを「打つことの大変さ」で覚える機会が、最初からない。代わりに何かを得るだろうし、失うものがあるとすれば、それが何かも今はわからない。

だから僕は、書く。

AIには書けない「あの時代の体験の密度」を、実際に生きた人間として言葉に残しておく。深夜にガラケーを握りしめて、画面の光だけを頼りに、不器用な言葉を打ち続けた人たちがいたこと。その不便さの中に、今より濃い何かがあったかもしれないこと。

うちの子が大きくなったとき、「パパはこんな時代を生きていたんだよ」と伝えられるように。

それが、AI全盛のこの時代に、人間が文章を書き続ける意味の一つだと、今の僕は考えています。


ちなみに、今の僕のスマホ環境について

ガラケーの不便さを懐かしみながらも、今のスマホ環境に不満があるかというと——全くそんなことはない。便利を手放したいわけじゃない。ただ、「便利さが奪ったものに気づいている」という話です。

そんな僕が今使っているスマホ周りの構成を、参考までに。

Google Pixel 10a

長年 iPhone(最後は16e)を使い続けていましたが、先日ついに Google Pixel 10a に乗り換えました。Android の自由度を愛する Linux ユーザーとしては、ある意味「本来あるべき姿」に戻ったとも言える選択です。

Pixel 10a を選んだ理由は主に4つ。フラットなデザイン(出っ張ったカメラが苦手な僕にはここが刺さった)、カメラ性能(夜景やポートレートの仕上がりが別格)、7年間の OS アップデート保証(長く使いたいというガラケー世代の性分にちょうど合う)、そして Gemini AI との深い統合。Linux のオープンな文化と Android の相性もよく、iPhone のエコシステムの閉鎖感よりずっと肌に合っています。

「iPhoneを手放せない」と言っていた僕がなぜ寝返ったのかは数日前に「iPhoneを手放せない」と言っていた僕が、Pixel 10aに機種変した話〜手のひら返し編〜に書いたので、気になる方はあわせてどうぞ。

Logicool PEBBLE KEYS 2 K380s(スマホ用 Bluetooth キーボード)

「物理的に打つ」という感触が好きな人間なので、スマホでも長文を書くときは Bluetooth キーボードを繋ぎます。これは僕の実機で、自宅のデスクトップでも使っているロジクール製品。

フリック入力より遅い面もありますが、指でキーを押し込む感覚が好きです。ガラケー時代に「打つことの重さ」を覚えてしまった人間には、タッチスクリーンだけの入力はどこかそっけなく感じてしまう。

PopSocket(スマホグリップ)

ガラケーはフリップ構造があったおかげで、持ったときの安定感が自然にあった。今のスマホはつるつるの板なので、落下の恐怖と常に隣り合わせです。

Pixel に乗り換えてから MagSafe が使えなくなったので、代わりに PopSocket を試したところ、これが意外なほど快適でした。背面に貼り付けるだけ。引き出せばグリップ兼スタンドになり、しまえばフラットに戻る。構造はシンプルの極みなのに、片手持ちの安定感がまるで別物になる。

ガラケーを「握りしめていた」あの感覚に少し近い、と言ったら大げさかもしれないけれど——手のなかでスマホが「安定している」という感触は、じわじわ気持ちいい。


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