【#創作大賞2024】ドシャえもん第2話
その後ろ姿はあまりにもか細く、私は胸を締め付けられました。もうすぐ日が沈むというのにピクリとも動かない小さな生命体を見つめていると不安な気持ちでいっぱいになります。
置物みたい。
小さい子ども独特の生気が感じられず、私はだんだんと不安になってきました。そうして気づいた時にはその女の子の横に座っていたのです。
しばらく並んで座っていましたが、なにを話しかけていいのかわかりません。私は子どもと話をしたことがないのです。考えなしに横に座った自分を責めたい気持ちになり始めました。なにをやっているんだ私は、と自分自身に憤怒を向けていると、女の子が少しだけ動いたことを感じました。私に気づいているのかしら?
「おうちには帰らないの?」
「……」
勇気を出して声をかけてみますが、女の子は私の方を見向きもしません。座っているし微かに動きはあるので置物でないことは確かですが、なぜか生命の輝きというか人間らしさを彼女からは感じることができないのです。こちらに視線を向けない彼女を私はしばらくの間、観察してみようと思いつきました。清潔感のない小さめの服、後頭部にヤドリギのような塊ができた髪。親はブラシで髪の毛をとかさないのでしょうか。少しすえた臭いもします。やせ細った手の指の先は爪が伸び放題です。この子の親はこの女の子を可愛がるという発想がないのかもしれない。
欲しいところに子どもは生まれず、なぜか欲しがらない人間を選び赤ん坊は生まれてくる、虐待のニュースを見るたびに私はそう思います。この子もそうなのだろうかと考えていると、
「お、おい!心愛!帰る、ぞ!」
と男の人の声がしました。女の子はものすごい勢いで立ち上がり、その声の方へ走り寄ります。父親が来たようです。ただ、親とは思えない怒鳴り声に驚いてしまい、思わず声がした方に振り向いてしまいました。目が合った瞬間、男性の方を見るとギロリと睨みすごんできます。金髪の髪を逆立て威嚇するかのような態度を取られたため「ヒッ」と声が漏れ出てしまいました。
「心愛、あ、あれ誰?」
ブンブンと女の子は首を横に振ります。当然です。私と全く話をしていないのですから誰かなんて答えられるわけがないのです。
「し、知らねーことねーだろうがよぉ」
そう怒鳴った後、男性は女の子に「誰?誰?」と質問を浴びせ続けます。それまで無表情だった女の子は苦悶の表情を浮かべ、下を向いてしまいました。親としては知らない大人が子どもの側にいたら心配になって色々と聞くかもしれません。しかし、男の執拗な問いはそんな気持ちから発せられたようには見えないのです。まるで、自分が子どもを放置していたことを責められるのではないか。そんな様子が伺えます。しつこく私のことを聞いていた男性ですが、質問に飽きたのでしょう。軽く舌打ちをし、
「か、帰るぞ」
とスタスタ歩き出しました。下を向いていた心愛ちゃんは男性が急に歩き出したので、慌てて後を追いかけます。しかし、父親と見られる男性の足はものすごく早く幼い娘ではとても追いつきそうにありません。心愛ちゃんは必死で走りますが、それは幼児独特のバランスで不安定な走り方でした。私はこの父娘からどうしても目を離すことができずに2人を目で追っていたのですが。
「危ない!」
私は思わず叫びました。男性は信号の青がチカチカし出して横断歩道を渡りました。そのため、父親を追いかける心愛ちゃんが渡る時には、信号は赤になっていたのです。心愛ちゃんが横断歩道の真ん中に差し掛かった頃、左折した軽トラが信号に突っ込んできました。
キキキー。
軽トラは心愛ちゃんの少し手前で止まります。驚いた心愛ちゃんは目を見開き固まったままです。軽トラの運転手は子どもを轢かなかったことに一度安堵のため息をつきましたが、その後怒りがこみ上げたのでしょう、心愛ちゃんに罵声を浴びせ去っていきました。一部始終を見ていた私はようやく足の震えが止まったことで、心愛ちゃんの方へ駆けよろうとしました。
「大丈夫?」
そう言おうとしたのですが、私より男性の方が少し早く心愛ちゃんにたどり着きました。そのため、また睨まれると考え、私は近寄るのをやめました。父親がいるのなら、私がすべきことはない。そう思い立ち去ろうとした瞬間、男性は心愛ちゃんの頭をものすごい勢いで叩きました。
「信号ぉぉ、ちゃんと見ろっっ!」
自分が手を引くなどして注意していればあんなことにならないのに。そう思いましたが、男性の剣幕と大声で泣く心愛ちゃんの様子に怖気づき近寄れません。周囲の人もチラチラと2人を遠巻きに見ています。
ふと男性は周囲の視線に気づきました。キョロキョロと周りを見た後、
「な、なに見てんだよ!」
と大声でわめき威嚇し、大声で泣く心愛ちゃんを引きずるようにして帰っていきました。自分の行いを見られたことが恥ずかしかったのかもしれませんが、その粗暴な様子に私の胸は痛みます。
あの男は親になってはいけない人種だわ。世の中には欲しくても赤ちゃんが来ない人間もいるのに。
男性への憎悪が、さっきの出来事で一層深くなりました。私はあの男の名前を知っています。深沢陽大、私が住むアパートの隣の住人です。それなのに娘に「誰?」と聞くほど私に感心を持っていません。存在感が薄い方なので覚えていないのも仕方ないとは思いましたが、だんだんと深沢の非常識な態度に腹立たしさを感じ始めました。心愛ちゃんは大丈夫なのだろうか。心の底に不安な気持がドロリと広がりました。
