サイダーに焦りサイダーに喜びサイダーを思う
人生でここまでサイダーのことばかり考えるようになるなんて。
現在、父の栄養はほぼサイダー。暑い日も多くなってきてマグロの漬けは禁止されてしまいました。出されるお茶は飲まないそうです。食事もあまり取りません。サイダーが父の全栄養なんです。
私達の顔を見て、
「サイダー」
と言ったら、慌てて職員さんのところへ走ります。とろみをつけたサイダーをお願いするのです。いつ、サイダーを要求しても飲めるよう、常時、4~5本のサイダーを用意しています。当初、毎日通っておりましたが、ただ、ベッドの横にいるだけなのに、帰って来ると疲れを感じます。目を覚ました瞬間に、さっと口元に運ぼうと、姉妹で目をギラギラさせているからかもしれません。妹も「生気吸い取られてるかも」と言うので、疲れを感じたら休息日にしよう、と話し合いました。
介護は無理をしてはいけないのです。
日常も忘れてはいけません。
ターミナルケアの説明を受けた時は、ここ何日かが山場だと思っておりました。病で亡くなった母は「会わせたい人がいれば」と言われてすぐに亡くなってしまったからです。そのため、説明を受けた週は毎日、覚悟を決めて通っておりました。
ちなみに祖母は99歳の大往生で、なんの前触れもなくで豪快な性格そのままにさよならです。
休息日で、家にいると「サイダーを飲んでいるかな」と考えてしまいます。サイダーと言って、ありませんよと言われた父はどうなってしまうのだろう、そう思うと矢も楯もたまらずスーパーへ行き、数本のサイダーを購入し、次の日に持って行きます。
もう、好きなものを食べさせていいと言ったこともあり、最初は職員さんもにっこり笑って預かってくれましたが、最近は、
「ああ……はそやm父さんのサイダーで冷蔵庫がふさがって……」
と言われるようになりました。そのため、帰る時に妹と2人で、
「サイダー何本残ってます?」
と次にサイダーを持ってきていいのか、確認してから帰るようになりました。サイダーのことばかり気にしていることに気づき笑うと、職員さんも少し笑います。何気ないやりとりに、心が軽くなり帰る足も軽くなるのです。
🍹🍹🍹
顔を見るなり「サイダー」という父ですが、暑くなってきたからでしょうか。たまに「アイスある?」「かき氷!」と要求する時があります。この要求を受けると私達は超速でアイスや氷菓を買いに走るのです。アイスも氷も10gしか口にしませんが、それを食べて満足する父の顔を見てホッとします。私達の笑顔をうれしそうに見ていた父も、こういう気持ちだったのかもしれません。
ターミナルケアも1ヶ月半を過ぎると、職員の方々もあまり声をかけなくなります。サイダーを100mlほど飲むと父は寝てしまうので、後は妹と馬鹿話をして笑っているだけです。うるさくないのかなと思いますが、私達がゲラゲラ笑っていると父の顔は安心しているようにも見えるので調子に乗って喋っています。
今日も妹と「続々最後から二番目の恋」について語り合っていたのですが、看護師さんがニコニコしながら顔を出されたので、申し訳ありませんと謝りました。
「いいえー、大丈夫ですよ。いらっしゃる時に計測した方が安心かなと思って」
看護師さんが落ち着いた声で話されるので、私達もなんとなく安心な気持ちになります。脈を計ったり、酸素濃度を計ったりしながら、看護師さんは語ります。
水分をあまり取らなくなってきました、だんだんと弱ってきていますが、とてもおだやかですと。最後に、
「会わせたい方はいらっしゃいますか」
と言われます。とても落ち着いた声です。少し動揺してしまいました。ちょっと目の奥も熱くなります。一呼吸置いて、
「もう、会わせたので……大丈夫です」
と声を振り絞りました。1人の時に言われなくて良かったです。妹がいて本当に良かったと思います。看護師さんが去った後、しんみりとしていると、父がぱっと目を開けました。私はチャンス!とサイダーの入った吸い口を父の口元に運びます。看護師さんの「水分を取らない」という言葉が頭に残っていたのでしょう。父が加える前に吸い口の斜度を最大にしてしまいました。
「あああああ!」
妹が叫びます。父のパジャマにボタボタっとサイダーを落としてしまいました。妹が慌ててティッシュでパジャマを拭き、私は動揺しつつもサイダーを父に飲ませます。かすかなハンドサインで「もういい」という動きをした父は少し笑っていました。私も笑います。妹が「まさかあんなに傾けるとは」と笑いました。先ほどとは異なる種類の、明るい色をした涙が少し浮かびました。
まだ、サイダーで頭の中がいっぱいな毎日を妹と過ごしたいです。
※5月11日の文フリは、午後、行きたいと思ってます!何人かとお会いできればいいな。
