【#下書き再生工場 season2】お題:繊細さを保育器に忘れてきた※イブなのにホラーになってごめんなさい
「あのう……これ、代金違ってません?」
小柄な女がレジにいる私に声をかけてきた。
「はい?」
鈍くさそうな女はエコバッグからパンをひとつひとつ出し、他の店のレシートも出す。
「これはここじゃないところで買ったパンで……」
申し訳なさそうな顔をしているが、その中に人を小馬鹿にする感情が潜んでいることを私は見逃さなかった。レシートを示しながら、ゆっくりと説明をする姿も許せない。
「はあ?」
コンビニレジだと思って馬鹿にしやがって!次にうちのレシートを出して説明しようとしたので、それを乱暴に受け取り商品を確認する。
「……二度打ちですね!」
自分の間違いに気づきカアっとなる。そういえば商品を買うとき、違うカレーパンがないかとか聞いてきたな。あのときから面倒くさい女だと思ってイラついたんだけど。あれだ!あれが原因で私ったらレジ打ちのミスを。
「返金ですね!」
レジから金を出しカウンターに置く。投げたつもりはなかったが小銭がハネた。驚いた顔をしつつも小銭を集め財布にしまう女。すぐに立ち去ると思ったのに、そのままレジ前から動かなかった。
「……」
謝罪の言葉を待っているようだが絶対に言うもんか。こんな繊細さを保育器に忘れてきたような人間と話す暇はない。無言のまましばらく向き合っていたが、他の客が来たため女は諦めて動いた。
「いらっしゃいませー」
見せつけるかのように後から来た客に笑顔をふりまく。素直そうな若い男に自然と笑みがこぼれる私に女の視線が絡みついた。
「生まれてきたときはものすごく小さかったのに。今じゃね」
そう言われながら私は育った。他の姉妹と同じことをしているはずなのに母親の私への態度はキツかった。周囲はそんなことないと言いながら、相手への気遣いがないからだと指摘してくる。そう言われるたびに自分を理解してくれない世間に猛烈に腹を立てた。世の中はいつも私に辛く当たる。私はなにも悪くないのに。相手が常に私を思いやればいいだけなのに。
「この子は繊細さを保育器に忘れてきたようなところがあって」
結納の席でそう言われたとき、私は心底驚いた。それなのに。みんなはゲラゲラと笑う。義母も「そんなこと」と言いながら口に手を当て笑っていた。
「おおらかなんですよ。少しマイナス思考の部分もあるけれど」
フォローにもならないフォローを夫がした。
自分が主役のはずなのに。結納の席で赤面し、ひとりうつむく。そういえば、妹の着物は私より柄が見事だった。顔映りがいいと褒められていた。主役の私といえばひとつ違いの姉のおさがり。文句を言ったら、
「お姉ちゃんとあんたは背格好が似ているから」
と簡単にあしらわれた。4人姉妹で2人ずつ見事に体型が分かれてはいたけど、下の妹2人はなんだかんだでいつも新しいものを買ってもらっている。お古はいつも私だけ。学生時代にそう文句を言うと、洋服が沢山あっていいじゃん、と友達に言われその場で絶交した。自分で選べない辛さをわかってくれなかったからだ。
そのせいか、女という存在を私は憎んでいた。小さいまま生まれていれば私の人生は豊かなものになっていたのだろうか。女への嫌悪感も少なかっただろうか。
「ちっ」
また、あの小柄な女がいる。あれ以来、来るたびにあからさまに嫌がらせをしているのに、鈍いのか何度も来店していた。駅前のスーパーが閉店したせいで、ここが使いやすいのだろうが、私なら最悪な客対応をする店は使わない。
この女こそ繊細さを保育器に忘れてきたんじゃない?
「あなた!本当に繊細じゃないわね!」
今朝ボケた姑がそう言いながら茶碗を洗い直したのを思い出し、怒りを増幅させる。愚鈍なのはお前の方だ!と言い返したかったが、冗談ととらえ笑う夫の目が怖くてなにも言えなかった。
私は悪くない!全てまわりが悪いんだ!
鈍いくせに店員を呼ばずにセルフレジを使おうとする女に妙に腹が立った。なにもわからないんだから、私に聞けばいいんだよ!
そう思っているのに、女はピッピッと商品をスムーズに読み込ませる。それが癪に触って仕方がない。女が卵を手に取ったとき、商品を棚に置くふりをして背中に思い切りぶつかってやった。
「あっ!」
ビシャ!
床に卵が叩きつけられる音が聞こえた。心がすうーっと落ち着いていくのがわかる。愚鈍はびくびく生活してればいいのよ!レジ打ちくらいやってやるわよ、少し高くなるかもしれないけれど。愚鈍料を払ったと思いなさい。
咄嗟に考えついた愚鈍料という単語をいたく気に入った。家に帰ったら姑にぶつけてやろう……その思いつきに感情を高ぶらせながら、床に落ちた卵を拭くためのモップを取りに奥へ行こうと女の方へと振り返る。
卵を落とし半べそだろう。どうやっていたぶってやろうか。ニヤつきながら観察するつもりだったのだが。
そこには怯えた小女は存在しなかった。目を爛々と輝かせた黒づくめの女がひとりゆらゆらしながら私を見下ろしていたのだ。
「ひっ!」
黒い羽根を背中につけ鎌を持ち、宙に浮いた状態の女に怯え逃げようとした。危ないよ……と女の声が聞こえた気がしたが、お前が危ないんだよと毒づきつつ足を踏み出した瞬間。
ツルッ、ゴチッ。
割れた卵に足を取られ後頭部を強打。起き上がろうとするが体が動かない。
「クリスマスって赤と白と緑ってイメージじゃない?」
異様な女が甘ったるい声で話しかけてくる。そんなことどうでもいい!頭がズキズキする!助けなさいよ!
「でもね、黒と赤もクリスマスに合うなって思ってるの」
そんな話いいから……助け……
「あなたの鬱屈具合がとても気に入ったので、赤色をもらいにきました♪」
私の頭部近くの床を女がなぞり指先を見せた。鉄さびのような匂いが微かに鼻に伝わる。真っ赤に染まった女の指先……
イブなのに……記憶がだんだんと薄れていく……
