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「出発するか迷いながら、瀬戸内へ向かった日のこと」


結婚する前、十数年前の話。


当時の僕は、連休を取っては一人で日本をふらふら旅していた。


自由だった。


でもその自由には、「全部自分で決める責任」もついてきた。


その中でも、今でも鮮明に覚えている旅がある。


瀬戸内の島々で開催されていた国際的なアートイベントを見に行った時のことだ。


直島や豊島を巡る旅。


休みも取った。
宿も予約した。
車に自転車も積んだ。


あとは出発するだけ。


……なのに、その時ふと思った。


「行くのをやめるのも自由なんよな」


お腹が痛いとか、
疲れてるとか、
仕事があるとか。


理由なんて、いくらでも作れる。


行かない自由もある。


でも逆に言えば、


「明日をどうするかは、自分次第」

ということでもあった。


あの時、それを痛烈に感じた。


たぶん、自由ってラクなことじゃない。


誰も決めてくれないから。


最終的に僕は腹をくくって、高速道路に乗った。

アクセルを踏んで、瀬戸内へ向かった。


あの感覚は今でも覚えている(笑)


島に着いてからも、一人だと全部自分で考えないといけない。


どう回るか。
どこへ行くか。
どの順番なら効率よく楽しめるか。


頭をフル回転させていた。


でも不思議と、一人の方が知らない人に話しかけやすかった。


現地の人に話しかけたら、そのまま意気投合して、一緒に会場を回ったこともあった。


たぶん一人だったから、
「ちゃんと相手を見よう」としていたんだと思う。


どう話しかけたらいいか。
どんな言葉なら伝わるか。
どんな距離感なら相手が話しやすいか。


自然と考えるようになっていた。


今思えば、あの頃の経験は、理学療法士としての今の仕事にもつながっている気がする。


患者さんは、それぞれ違う不安や痛みを抱えて来られる。


同じ言葉でも、
伝わる人もいれば、
伝わらない人もいる。


だから相手によって、


言葉を変えたり、
意味を噛み砕いたり、
少し待ってみたり。


リハビリも、ただ訓練をするだけじゃなく、
「なぜ必要なのか」を理解してもらった方が、やっぱり効果が出やすい。


若い頃の僕は、そんなことを考えて旅していたわけじゃない。


ただ自由になりたかっただけだ。


でも、知らない土地で、
知らない人に話しかけ続けた経験が、


今の「聞く仕事」につながっている気がしている。



もし何か感じてもらえたら、スキやフォローをいただけると嬉しいです。


同じように迷いながら生きている誰かに、また書いてみようと思えます。

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