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(278) 長谷部恭男「戦争と法」



こんにちは。

12日には久々の青空に遭遇しました。降り注ぐ太陽の光に包まれるのは気持ちが晴れて、嬉しいことです。
朝は秋というよりも初冬の気配でした。それが太陽が出ると秋を実感します。庭の彼岸花もいつの間にか色あせ朝顔はしぼみ、季節は移ろっていくのでしょう。

さて、今回の書評は憲法学の泰斗が語る、法に裏打ちされた平和についてです。空母の保有、戦闘機の爆買い、敵地攻撃能力等々戦争をもてあそぶ政治への一石です。




長谷部恭男「戦争と法」文藝春秋 2020年

戦争を戦略、戦術、軍事技術のレベルではなく法的な意味とその成立、歴史的背景と国際的合意について詳細に考慮される。欧州の宗教戦争、名誉革命などから説き起こし、現代の戦争にも筆が及ぶ。不戦条約は意義深いが戦争は絶えなかった。憲法9条論議は1項と2項を切り離してはならず、歴史的経緯と法理論の確立を前提に考えるべきと教えられる。著者は戦争と憲法の密接な関係について知ること、考えることを求めている。




【神無月雑感】


▼ 権力者が陥りがちな心理についての一節がどこかにあったな、と思い起こして本棚をひっくり返しているうちに、ぶつかったのがこれです。陽明学に傾倒する伊藤肇の書でした。探していた本命とは違ったのですが、含蓄があるので紹介します。大要以下の通り、

「権力者の通弊として、二・二六事件で襲撃された岡田啓介首相の言葉を紹介している。岡田は、総理になると見えなくなるもの三つあると言った。一つは金、職務上潤沢に金が使えて有難みが無くなる。二つ目は、人だ。取り巻きが増えて、耳に心地よいことしか入ってこなくなる。三つめは国民の顔。何を願いどっちを向いているかわからなくなる。」と。

海軍軍人出身の岡田が自己を顧みて語る言葉は重い。現代のどこぞの総理大臣、現も前も含めてこの言葉を受け止める器量はあるのだろうか。


▼ 井出孫六氏の死去が報じられました。富士見市公民館長の時に、彼に講演を依頼し、自宅を何度かお伺いし謦咳に接しました。洞察力に優れた方でした。編集者であり直木賞作家でもある氏は中国残留孤児の問題に情熱をこめて取り組んでおられました。「終わりなき旅」は読んでほしい労作です。
私が印象的なのは長野出身である故か、秩父、群馬との県境をなす峠についての深い思いに満ちた考察でした。「歴史紀行 峠を歩く」には刺激を受けました。秩父のどん詰まりにある集落にも幕府の高札場があり、支配が及んでいたなどの記述には歩いて歴史を実感することを教えられたような気がしました。
昭和の知性がまた一人、世を去りました。




<今週の本棚>


富安陽子/山村浩二「妖怪たちと秘密基地」理論社 2020年

妖怪の子どもたちと人間の子どもたちが出会う場所。それが山中にある秘密基地、なんとぬえの子どもが隠れている巣だった。どんな騒動になるのやら。「めっきらもっきらどおんどん」を思い出してしまいました。


ジョシュア・ウォン「言論の不自由―香港、そしてグローバル民主主義にいま何が起こっているのか」河出書房新社 2020年

題名がすべてを語っている。香港民主派のリーダーの一人黄之鋒こう しほうが著者。北京政府の強圧に抗して雨傘運動を率い、裁かれようとしています。50年間は自由主義的な体制を保証するとした協定は反故にされ、民主主義は圧殺されつつある。この事態は香港だけではない、対岸の出来事ではないことを訴えている。日本での安倍・菅政権の遣り口はまさに共通する危うさを秘めています。その反動性と強権的体質は、日本の香港化が現実化しそうです。




鬱陶しさの募る今日この頃です。「苛政は虎よりも猛々し」の警句が脳裏に浮かびます。どうぞご自愛ください。  


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