母の留守番電話は、死後三年目に鳴った
母の古い携帯電話が鳴ったのは、母が死んでから、ちょうど三年目の夜だった。
正確には、電話が鳴ったのではない。
押し入れの奥から取り出し、充電器につないだ途端、古い携帯が目を覚まし、聞き慣れた着信音を鳴らしたのである。
けれど私には、それが母からの電話に思えた。
人間は、会いたい人が死んでしまうと、機械の誤作動にまで意味を探すらしい。
ずいぶん浅ましいことだが、その夜の私は、奇跡でも故障でも構わなかった。
母の声が聞けるなら、どんな嘘にでも騙されたかった。
携帯を充電したのは、母の写真を探すためではなかった。
小春の写真を探すためだった。
小春は、私の娘である。
生きていた時間は、わずか二時間だった。
三年前、予定日をひと月残して、小春の心臓は私のお腹の中で止まった。
それでも私は産んだ。
産声のない分娩室で、小春はひどく静かに生まれた。
看護師さんが白い布に包み、私の胸へ置いてくれた。
小さな鼻も、閉じた瞼も、私によく似ていると思った。
親馬鹿というものは、子どもが息をしているかどうかさえ選ばないらしい。
私は二時間、小春の母親だった。
その二時間に撮った写真の一枚を、母が自分の携帯へ送っていたことを、葬儀のあとに思い出した。
けれど私は、母の携帯を開けられなかった。
母とは、小春が亡くなった日に喧嘩をしたままだったからである。
三年間、電源の切れた携帯を、遺品の箱へ押し込んでいた。
命日の夜になって、なぜ急に写真を見ようと思ったのか、自分でも分からない。
ただ、小春の顔を忘れ始めていることが怖かった。
記憶の中の赤ん坊は、少しずつ輪郭を失い、白い布と病室の光ばかりになっていた。
私は母の携帯を充電し、長いあいだ暗かった画面を見つめた。
やがて古い待ち受け画面が現れた。
母の家の庭に咲いた、黄色い水仙の写真だった。
その直後、着信音が鳴った。
画面には、こう表示されていた。
《留守番電話を聞いてください》
日付は、今日だった。
母の死から、三年目の命日。
私はしばらく指を動かせなかった。
やがて震える手で、録音一覧を開いた。
未再生の音声が、一件だけ残されていた。
再生ボタンを押す。
最初に、布団が擦れるような音がした。
それから、少し息を整える音。
「もしもし、美奈」
三年前に死んだ母の声だった。
声を聞いた瞬間、私は携帯を落としそうになった。
録音の中で、母は小さく咳をした。
そして、私が三年間、誰にも呼ばせなかった名前を口にした。
「今日は、小春ちゃんの話をさせてください」
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