バンガード、自国偏重を是正—グローバル分散投資に機運高まる―10兆円ファンドの配分転換が示す資産運用の新潮流―
英国最大級の運用会社バンガードが、500億ポンド(約10兆円)を超える主力ファンド「ライフストラテジー」シリーズの大幅な変更に踏み切った。10年以上続いた英国市場への「ホームバイアス(自国偏重)」を削減し、よりグローバルな市場加重平均に近い配分へと舵を切る。この決断は、個人投資家にとって資産配分戦略を見直す重要な契機として注目される。
変更の背景には、英国市場の構造的な縮小がある。世界株式時価総額に占める英国の比率は、2008年の8%から2026年には3%へと急速に低下した。一方で従来のライフストラテジーは、株式ポートフォリオの25%を英国に配分しており、市場実態との乖離が拡大していた。バンガードは今回の見直しで、この歪みを是正する意向を鮮明にした。
●10兆円ファンドが動く—コスト削減と配分変更の全容
バンガードが2026年1月22日に発表した変更内容は、3つの柱から成る。
第一に、継続費用率(OCF)を0.22%から0.20%へ引き下げる。わずか0.02ポイントの削減だが、ファンド全体では年間1,000万ポンド以上のコスト削減につながる計算だ。この措置は1月27日から適用済みとなっている。
第二に、英国資産への配分を段階的に引き下げる。株式ポートフォリオ内の英国比率は25%から20%に、債券ポートフォリオ内の英国比率は35%から20%にそれぞれ削減される。実施は3月27日から始まり、6月末までに完了する予定だ。
第三に、ホームバイアスをゼロにした「ライフストラテジー・グローバル」を新規投入する。株式比率20%、40%、60%、80%、100%の5本立てで、英国株式は世界時価総額並みの約3.4%、英国債券は約4.1%のみに抑える。
現行ファンドは英国市場に対して6~7倍のオーバーウェイト(過大配分)を抱えていた。変更後も約6倍のオーバーウェイトが残るが、以前の7倍超からは改善が見込まれる。グローバル版では完全に市場加重平均に沿った配分となり、投資家の選択肢が広がる形だ。
●英国市場の退潮—10年で半減した存在感
バンガードの決断を促した最大の要因は、英国市場の長期低迷にある。
過去10年間で英国株式の年率リターンは約6%にとどまり、米国S&P500の約12%を大きく下回った。FTSE100に代表される英国市場は、エネルギー、金融、素材セクターに偏重し、テクノロジー企業がほぼ皆無という構造的な弱点を抱える。
英国離脱(Brexit)の影響も無視できない。EU市場へのアクセスが制限され、輸出摩擦が増加した結果、英国企業の競争力は低下した。国際投資家にとって英国市場は、EU全体へのゲートウェイから単なる国内市場へと位置づけが変わった。
さらに、主要企業の海外流出が続いている。半導体設計大手ARMやフラッター・エンターテインメントなど、有力企業が米国やEU市場への上場を選好する動きが加速した。モーニングスターのデータによれば、英国の中リスクマルチアセット・ファンドにおける平均英国株式配分は、過去15年間で約60%から17%へと劇的に低下している。債券配分も55%から30%へ減少した。
こうした趨勢に対し、英国政府は年金基金に英国資産への25%配分を要求する圧力をかけるなど、資金の国内還流を推進している。レイチェル・リーブス財務大臣は「英国経済への資金還流」を名目に国内投資を促す姿勢を示すが、バンガードの実際の行動は政府方針と真逆の方向を向いている。
この矛盾は、政治的配慮と受託者責任のバランスの難しさを物語る。バンガードは公式声明で「英国へのコミットメントを維持し、将来に楽観的」と述べたものの、ポートフォリオの中身は英国離れを加速させる内容となった。
●皮肉なタイミング—2025年の英国市場反転
興味深いのは、バンガードが変更を発表した直後の2025年、英国市場が大きく反転したことだ。
FTSE100は2025年に21.5%上昇し、2009年以来最高のパフォーマンスを記録した。セクター構成(資源、金融)が相場環境に合致し、S&P500を上回る結果となった。この「最悪のタイミング」に見える決断は、市場のタイミングを計ることの難しさを改めて浮き彫りにする。
ただし、短期的な反転が長期トレンドを覆す可能性は低い、との見方が市場では強い。英国株式のPERは約14倍と、米国S&P500の約25倍と比較して割安だが、成長性の欠如が懸念材料として意識されている。
●ホームバイアスの功罪—研究が示す両面性
一定のホームバイアスには合理性があるとする学術研究も存在する。
第一に、自国株式は自国インフレ率とより高い相関を持つため、実質購買力の維持に有利とされる。ポートフォリオ・チャーツのタイラー氏による研究では、適度なホームバイアスが安全引出率(Safe Withdrawal Rate)を改善する可能性が示されている。
第二に、地政学リスクの非対称性が指摘される。ベン・フェリックス氏の分析によれば、歴史的に戦争や地政学的混乱時には、外国人投資家が差別的扱いを受けるケースが多発してきた。資産凍結、強制的ヘアカット、収用などのリスクだ。
第三に、外国債券投資では通貨ヘッジが必要になるが、ヘッジコストとして金利差を支払うため、結局は自国債券と似たリターンに収束する傾向がある。
一方で、過度なホームバイアスのリスクも明白だ。歴史上、中国、ロシア、イタリアなど、自国市場が長期低迷または完全崩壊した事例は枚挙にいとまがない。過去10年間で英国に過度に集中した投資家は、米国ハイテク株の爆発的成長を逃した。
●米国一極集中のリスク—金価格5,000ドル突破が示す警告
グローバル分散を進めた場合、現在の市場加重平均では65%以上が米国株式となる。
米国市場内でも、いわゆる「マグニフィセント7」への極度な集中が進んでおり、時価総額は歴史的高水準にある。S&P500のPERは約25倍と、英国FTSE100の14倍と比較して高い評価を受けている。
債券市場にも懸念材料がある。米国の債務対GDP比は約120%(英国は100%未満)に達し、大幅な財政赤字が継続している。トランプ政権下でのポピュリスト的財政政策が、この傾向を加速させる可能性も取り沙汰される。
2026年1月、金価格が史上初めて1オンス5,000ドルを突破し、1月26日に5,104ドルを記録した。これはドル不信任の表れとも受け取れ、インフレ懸念の高まりや米国財務省市場への不安を映すシグナルとして注目される。
英国投資家が米国債券を通貨ヘッジ付きで保有する意義には疑問も呈されている。ヘッジコストとして金利差を支払うため、実質的には英国ギルトと同様のリターンになる可能性が高いためだ。
●競合ファンドとの比較—選択肢が広がる低コスト市場
バンガード以外にも、低コストのマルチアセット・ファンドは増加している。
ブラックロックの「MyMap」シリーズは、ライフストラテジーよりも英国オーバーウェイトが少なく、リスクベースの配分(ボラティリティターゲット)を採用する。一部のファンドではコストもより低く抑えられており、過去10年間でライフストラテジーをアウトパフォームした実績を持つ。
HSBCの「グローバル・ストラテジー」は137億ポンドの資産を抱え、より純粋なグローバル・アプローチを採る。アクティブな配分変更を行う点が特徴だが、コストはやや高めとなっている。
また、米国株式インデックス65%、先進国株式(米国除く)25%、新興国株式10%といった3ファンド・ポートフォリオを自作すれば、総コストは約0.12%に抑えられる。ライフストラテジーの0.20%より低コストだ。Invest EngineやTrading 212などの新世代プラットフォームでは、ワンクリックでリバランスが可能となり、マルチアセット・ファンドの「自動リバランス」プレミアムの価値が低下しつつある。
●今後の展望—グローバル化と代替資産の台頭
バンガードの調査によれば、英国投資家の国際投資への選好度は継続的に上昇している。
短期的には、英国市場の反転が2026年も続く可能性が指摘される。セクター構成(資源、金融)が有利に働く局面では、割安なバリュエーション(PER14倍)が見直される余地があるためだ。小型株のアウトパフォーマンス継続も期待される。
一方で、米国市場の調整リスクは高まっている。金価格の急騰(5,000ドル超)は警告シグナルであり、米国債市場の不安定性やテック株の極端なバリュエーションが意識される。
長期的には、グローバル化の進展が不可逆的な流れとして定着する見通しだ。国境を越えた資本移動は後戻りできない段階に入っており、バンガードの今回の決断はその象徴と捉えられる。
また、過去10年間のパッシブ運用優位が転換する可能性も浮上している。市場効率性の低下、セクター・地域間の分散拡大、ファクター投資の有効性向上などが背景にある。
マルチアセット・ファンドが金や商品を含まない理由としては、ジャック・ボーグルの哲学(金は「浪費資産」)、流動性の必要性、マーケティング上の保守性などが挙げられる。しかし、金が5,000ドルを突破した今、大手資産運用会社が金を含むマルチアセット・ファンドを投入する機運が高まる可能性がある。
●投資家への示唆—原則に基づく判断の重要性
バンガードのライフストラテジー変更は、単なる製品アップデートではない。
この決断が示すのは、短期的なパフォーマンスに関わらず分散投資の原則を守ることの価値、規模の経済を投資家に還元する姿勢、そしてグローバル化の不可逆性だ。
既存のライフストラテジー投資家にとっては、変更を受け入れる選択肢、新ライフストラテジー・グローバルへの切り替えを検討する選択肢、あるいは現状維持の選択肢がある。依然として20%の英国配分は大幅なオーバーウェイトであり、ホームバイアスを完全に排除する必要はないとの見方もある。
ポートフォリオの棚卸しを行い、現在の地域配分を確認すること、ホームバイアスの程度を計算すること、自分のリスク許容度と照らし合わせることが推奨される。コストの見直しも重要だ。バンガード以外にも低コスト選択肢が増加しており、プラットフォーム手数料も含めた総コストで0.3%以下を目標とする水準が意識される。
避けるべき間違いとしては、タイミングの誤り、過度な複雑化、感情的な決断が挙げられる。英国市場が好調だからと言って今から大幅に配分を増やすのは危険であり、3~5本のファンドで十分な分散が可能とされる。ホームバイアスは感情的な快適さをもたらすが、それがポートフォリオ決定の主要因であってはならない。
最も重要なのは、市場の変化に機械的に反応するのではなく、自分の投資原則と長期目標に基づいて判断することだ。ジャック・ボーグルが唱えた「シンプルさ、低コスト、長期保有」の原則は、今日でも有効性を保っている。
バンガードが示した「20%」という数字は、一つの合理的なバランスポイントとして参考になる。自国市場への過度な集中は長期的なリターンを損なう可能性がある一方で、完全に自国を排除する必要もない。この英国の事例は、グローバル投資家にとって多くの示唆を与える転換点として記憶されることになりそうだ。
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⚠ディスクレーマー
本レポートは情報提供を目的としており、投資勧誘や投資アドバイスを目的としたものではありません。本記事に記載されている情報は執筆時点のものであり、その正確性、完全性、または適時性を保証するものではありません。当記事の内容に基づいて行われる判断や行動、またはそれにより生じる結果について、当方は一切の責任を負いません。投資判断は投資家ご自身の責任において行ってください。過去の投資実績は将来の投資成果を保証するものではなく、投資には常にリスクが伴います。
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