「真珠女」20話【パフェ】
【パフェ】
席を立つ時、葵は「置いてけ」と今まで聞いた事のない強い口調で言った。香水1つ手放すのに躊躇してる姿を見られたくなくて、私は素直に香水を置いて店を出た。さよならも言わずに。
いつもより軽くなってしまった鞄。
これから私は何処を向いて歩いて行ったらいいんだろう。ダンジョンの中でコンパスを失くしてしまったような気持ちになった。コンパスが指している先には何も無いとわかっていても「こっちを指してるから」と当てにする物があった方が立ち止まらずに済んでいた。今は右も左も前も後ろもわからない、迷宮の中で、ぽつんと1人になってしまった気がする。
次に瞬きをしたら、涙が落ちてしまいそうだ。葵は私の顔を一切見ず無言のまま手を引いて足早に歩く。どこに行こうとしてるんだろう。
「ねぇ葵、これからどうする?」
「パフェ食べる」
「パフェ?!」葵の口から「パフェ」という言葉が出てきた事にびっくりした、背が高く大柄で髭を生やしてる葵に「パフェ」という言葉があまりにも似合わなくて思わず笑いが止まらなくなる。
「知らないの?夜パフェ流行ってるんだから」
「知らない」と言いながら笑いすぎて涙が出てきた。
私達は深夜まで営業してる夜パフェ専門店に入った。
夜パフェ専門店と聞いて、ショットバーのように暗く静かな店内を想像して思って入ったら、白い壁に木材のテーブルと照明、温かい雰囲気の内装で、普通のカフェと変わらない空気感に少し驚いた。メニューに載ってるパフェはどれも美味しそうで、私は苺のパフェ、葵はチョコのパフェを注文した「よく来るの?」と聞くと「たまに、1人でも来るよ」と言われ、葵が1人でここにパフェを食べにきてるところを想像してまた声をあげて笑った。
「甘いの好きなんだね、意外」
「人を見た目で判断するなって教わらなかったの?」
「びっくりしたんだよ、葵の口からパフェって出てきて」
「そんなんだからゴミみたいな男好きになるんだよ。店出た後に世界の終わりみたいな顔されてさ、俺何も悪く無いのに」
私の泣きそうな顔を見てパフェに誘ってくれたのかと思うと、置いてきた香水の事が少しどうでもよくなる。「置いてけ」と言われた時、久しぶりに人から叱られたと思った。非生産な思考と行動だと自分でもわかっていたから葵の言葉が刺さり、言われるがまま香水を手放した。けど軽くなってしまった鞄を持って「やっぱり寂しい」と泣きそうになった私の行動はとても幼稚だ。
幼稚な私の手を引き、パフェに連れてきてくれた葵は、涼の事をゴミだと言うし、葵の口から出てくる言葉は全てぶっきらぼうだけど「よく頑張ったね、手放して偉いね」と頭を撫でられ、褒められているような気持ちになる。葵の傍にいたら、これから先私が何か間違った選択をしても、そっちじゃないよと手を引いて私を守ってくれるのかもしれない。
苺パフェはすごく美味しかったけど、全部食べきれなくて残りを葵に食べてもらった。最後に温かい紅茶を飲み「もうしばらく甘いもの食べたくない」と言う葵を見ながら、また葵と一緒にこの店に来て、私が食べきれなかったパフェを、また葵に食べてほしいなと思う。
店を出ると深夜0時、吸い込む空気が氷のように冷たくて、胃の辺りに感じてた紅茶の熱があっという間に冷めてしまう。葵はまた私の顔を見ずに手を引いて歩き出した、このままずっと葵と一緒にいたい
「葵と一緒にいたい」「一緒にいるよ」
「どこまで?」「そこまで」
「そうじゃないよ、帰らないで」
「また飲むの?」
「家すぐそこだから、一緒に帰ろ」
「俺、鼾すごいんだけど大丈夫?」
いいなと思ったら応援しよう!
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
いただいたチップは【読書】【映画鑑賞】【展示会のチケット代】など、今後の創作活動のために大切に使わせていただきます。