捨てたいもの
捨てたくなかったけど捨ててしまったものはある。
私が生まれる前から実家で働いてくれていた扇風機とか。
(実家から私が譲り受けて、一人暮らしを始めて以降ずっと私のために動き続けてくれていた年上扇風機。)
お別れは悲しかった。
数年前まで現役だったが、古い扇風機は火災の心配があるということでお別れした。
首振り機能も壊れてしまっていたし。
(元々は「首振り角度」まで自由に設定できる優れものだった。。。)
でも、全てをゴミとして出すと落ち込みそうだったので、「扇」の部分を鬼瓦的存在として自分の手元に残した。わが家全体のお守りとして。妻も認めてくれた(^-^)
あと、外れるようになってしまっていた「止」ボタンも残した。私のお守りとして。
だから、完全なお別れでもないのだった。
私には今、捨てたいものはない。
今わが家にある物は、私にとっては全部「要る物」。
妻やわが子のもので「要るのかな?」と思うものもあるが、それぞれにとっては大事なものかもしれず、そこはノータッチ。
わが子のがらくたについては、「さすがに増えすぎ!」と妻が判断したタイミングで私が(わが子に確認も取りつつ)選別し、捨てている。
だから、今どうしても捨てたいものは今の私にはない。
捨てたいわけでもないけど、いずれ捨てるんだろうなと思っている物はVHSビデオのカセットと再生デッキ。
スポーツ中継を録画したもので「永久保存版」の扱いにしたものたちがある。
それを再生するためにビデオデッキも捨てずに残してある。
老後、何もやることがなくなった時に、お互いに老人になった『先輩』と「こんな試合があったなあ」と名勝負を見返すのも悪くないと思っていた。
その先輩は、私にとっては、学校以外でできた唯一の友人。成人後に新しくできた唯一の友人。
少し年が離れた先輩だったけど、私の問いに対して「ああ、俺たちは友だ。もちろんそう思ってくれていい。俺もそう思っているよ」と言ってくれた先輩。「当たり前だろ?」という空気で答えてくれた先輩。
病気で亡くなってしまった。
そして私は亡くなった時の先輩の年齢を超えた。
お互いおじさんではあるが、この後も先輩は私から見ると「若いまま」なのだ。
たぶん、少しだけ不思議な気分になることもあるだろう。
もう先輩と観る可能性がなくなったそのVHSテープたちは、もし今後わが家で断捨離会議が開かれたなら、最初に私が自発的に処分の候補として挙げるかもしれない。
コンパクトにまとめてあるし、押し入れの奥にひっそりと存在しているだけだから大して邪魔にはなっていないが、どうしても何かを捨てる必要がある時はそれを捨てることになるだろう。
もう必要がなくなったものだから。
多分、見返すこともないものだから。
今はまだ捨てられないけども。
「捨てたいもの」、違う話もしてみる。
私は会社を見捨てたい。
遠からず倒れそうな気がするから、その前に私が会社を見捨てて逃げる。
でもそんなことは無理。
安月給でも、毎月もらえている給料は、わがはるのこうきち家にはまだまだ必要だ。
そして、他に何もできない私が今の会社をやめると、きっと再就職先はない。
やめるにやめられない。
むしろ。
「捨てたい物」、会社にとっては私だろう。
私だって役に立っていないわけではないから、私がいなくなれば少しの期間は混乱もあるだろう。
私も自分の受け持ちについて無責任に仕事をしてるわけではないので、コロナ禍初期、万が一私がコロナに感染し長期離脱した場合に備えて、私の担当分野についての引継ぎファイルを作っておいた。それなりの労力を要した。
社内でも「そういうファイルができあがった」という情報は共有された。
これがあれば、誰でも私の代わりができる。
(自分で自分の首を絞めたのかも、私。)
私の会社でリストラが行われるとしたら、最有力候補は私なのだ(苦笑)
