【短編小説】牙を抜かれたあなたへ
直樹さん、沙織さん、ご結婚おめでとうございます。両家のご家族やご親族の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。
ただいまご紹介にあずかりました、
新婦友人の桐野 真由と申します。今日は沙織さんへの気持ちを綴った手紙を書いてきましたので、この場を借りて読ませていただきます。
手紙のなかでは普段通り、沙織ちゃんと呼ぶことをお許しください。
沙織ちゃんへ
わたしたちの出会いは高校一年生の春だったね。
席が前後になったのをきっかけに話すようになって、そのまま卒業するまでずっと仲良しでした。
「よろしく!」と笑ったあなたの口元から覗く八重歯が、小さな牙みたいで可愛かったのを覚えています。甘い顔立ちとのアンバランスさが、たまらなく魅力的でした。
沙織ちゃんは当時からすごく美人で、入学式のときから「アイドルみたいな子がいる!」と噂になっていました。沙織ちゃんと地味なわたしとじゃ釣り合わないかなと感じることもあったけど、あなたはずっと、わたしとだけ仲良しでいてくれたね。
沙織ちゃんは本当に積極性があって自信家で、思ったことをはっきり口にするし、やると決めたことは最後までやり遂げるタイプでした。
引っ込み思案なわたしはあなたの言葉を聞いているだけで刺激的で、何だか強くなれるような、勇気づけられるような気がしていました。
高校を卒業してお互い違う大学に進んだけれど、わたしたちは相変わらず定期的に会う仲でした。沙織ちゃんの華やかな大学生活はわたしにとっては異世界のようで、話し上手のあなたから飛び出すエピソードは、いつだってわたしを楽しませてくれました。
直樹さんを紹介してくれたのは、おととしの春だったね。
優しくて真面目そうな直樹さんは沙織ちゃんとは正反対のタイプだったけど、不思議と空気が噛み合ってるのが分かったよ。
あなたの笑顔に違和感を覚えてよく顔を見ると、あの八重歯がなくなっているのに気づきました。
いつも勝ち気な沙織ちゃんが、透明なワイヤーとブラケットの付いた口元で照れくさそうに微笑みながら言った「彼と結婚しようと思ってる」の言葉は本当に衝撃的で、今でも忘れられません。
学年、いや学校でいちばん美人で、でも性格はめちゃくちゃ悪くてわたし以外の友だちがいなかった沙織ちゃん。
先輩後輩同学年問わず顔の良い男を端から食い尽くし、暇つぶしにカップルの仲をぶち壊して回るのが大好きだった沙織ちゃん。
あなたに男を寝取られて号泣している彼女の泣き顔がどんなにブサイクだったかを嬉々として語るその表情は、わたしの知る誰よりも美しかった。
わたしの高校時代は、綺麗なあなたの汚い思い出でいっぱいです。
あなたはやることなすことハチャメチャで、わたしはそれを隣で見ているだけで最高に幸せでした。次は何をしてくれるんだろう、どんな風に他人の人生をかき回すんだろうと思うと、胸がドキドキして止まりませんでした。
それなのにいつからかあなたは、友達の飼い始めた猫が可愛くてさーとか、新しく買ったフライパンがめっちゃ良くて、なんてクッソくだらないバカみたいな話をするようになりましたね。
おかしい、おかしいと不思議に思っていたけど、あの日、「彼と結婚しようと思ってる」と言われたときに全てが腑に落ちました。
あなたは直樹さんと普通の女みたいな恋愛をして普通に幸せを感じたおかげで、牙を抜かれた、普通の幸福な女になっていたんですね。
あの鮮やかで下品で強烈な毒気が根こそぎ失われるほどに、直樹さんが大切な存在になってしまったんですね。
沙織ちゃんがこんなおもんない女になってしまったこと、本当に、膝から崩れ落ちそうなくらいショックでした。ごく普通の、わたしでも出来るようなありふれた恋愛と結婚なんて陳腐でつまらないこと、特別なあなたにはしないでほしかった。心の底から残念で、解釈違いです。
でもわたしは、あなたの牙はまた生えてきてくれると信じています。
綺麗で強くて悪くて素敵な沙織ちゃんを、わたしはどうしても、もう一度この目で見たい。
この間、直樹さんと沙織ちゃんとわたしの三人でイタリアンを食べに行ったのを覚えていますか?急な仕事の呼び出しが入って、沙織ちゃんだけが先にお店を出た日です。あそこのピザ、とっても美味しかったね。
あの後、わたしと直樹さんでホテルに行った時の動画を、今さっき沙織ちゃんのLINEに送っておいたよ。披露宴の後で確認してみてね。
いつだったか、付き合っていた男に浮気されてフラれた沙織ちゃんは悔し涙を浮かべていましたね。
サッカー部の男子たちに「ヤらせてあげるからあのブス女の人生めちゃくちゃにしてよ」と囁いて、D組の池崎さんを不登校に追い込んだときのあなたの笑顔。あの美しく歪なきらめきが、次はわたしに向けられるかと思うと楽しみでなりません。
待ってるよ沙織ちゃん、必ずわたしをめちゃくちゃにしに来てね。ずっとずっと、わたしの大好きな沙織ちゃんでいてね。
拙い言葉ではございますが、これをもちまして、わたしからのはなむけとさせていただきます。
ありがとうございました。
おわり
