恥ずかしさって何のため?
最近とても恥ずかしい思いをした。
そう聞いてあなたは何を想像するだろうか。
何か人前で大きな失敗をしたんじゃないか?
誰かに笑われたんじゃないか?
多くの人は私が恥ずかしい状況に立たされた当事者だと思うはず。
しかし私は失敗した訳でもなければ、笑われた訳でもない。
ただ見ていただけ。
憧れのプロ野球選手にプレゼントを渡すファンの姿を。
全く関係ないはずなのに、なぜか恥ずかしくて直視できなかった。
断られたらどうしようって思ったのか。
注目を集めるのが嫌だったのか。
他にもクサい台詞を言う俳優や、明らかにウケない場面でボケる芸人も見てられない。
これが「共感性羞恥心」というやつだろうか。
人が恥ずかしいと感じる場面はいくつかあるが、そこには「誰かに見られている」という意識があると思う。
周りからどう思われるかがどうしても気になる。
休日に何を着ていいか分からないのもきっと同じ理由だ。
傷つかないように、見えない予防線を張り巡らせて生きている。
そんなの自意識過剰だ。
誰も気にしてないって頭では分かってる。
でもいざって時にどうしても周りの目が気になって、一歩を踏み出せないことがある。
そんな自分が今は一番恥ずかしい。
客観的に見ると、機会損失以外の何物でもない。
周りからどう思われるかなんてどうでもいい。
伝えたい相手、届けたい相手と真正面から向き合って、自分と相手の間で分かち合えたらそれで十分。
そう思えたら、何のために恥ずかしがってるのか分からなくなってきた。
法律の範囲内で最低限のマナーやモラルを守っていれば、好き勝手生きたって良いじゃないか。
自分が恥ずかしいからって電車の中で泣きわめく子どもを叱りつける親は、子どものためになっているだろうか。
日本には”恥の文化”が根強く存在しているのかもしれないが、恥を手放した時、もっと自分らしく輝けるような気がする。
どんなに恥ずかしくても、直向きなあなたは誰よりもカッコいい。
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