「養生」ゆうめい(@KAAT大スタジオ)作・演出・美術:池田亮
「養生」ゆうめい(@KAAT大スタジオ)作・演出・美術:池田亮
ゆうめいが10周年らしい!私は実はゆうめいは1回した見たことがない。三鷹市芸術文化センターで2019年に見た「姿」というもの。詳細はhttps://haruharuy.exblog.jp/30818158/
ゆうめいはその後、「ハートランド」(2023年)で岸田戯曲賞を受賞し、本作の初演で読売演劇大賞演出家賞を受賞した。毎回、三鷹の目利き力には参ります!本公演は10周年を記念して2024年に上演された「養生」での全国公演。関西でも上演していたのだが機会を逃してしまい、神奈川で見ることが出来た。心がヒリヒリするような舞台!芸術家の魂の叫びのようなものが聴こえてくる。芸術とは何か?芸術で生きて行くことは可能か?そして芸術の発露とは何か?生きて行くとはどういうことなのか?仕事とは会社とは、そして幸せとは何か?というように次々と池田亮の中からあふれてくるだろう「問い」が戯曲に集約されている。池田亮さんのことについて何も知らなかったので「ゆうめい」の公式HPから引用する。
ゆうめい代表・劇作家・演出家・脚本家・造形作家
1992年8月31日 埼玉県春日部市生まれ
東京藝術大学大学院 美術研究科彫刻専攻 修了
13歳から原体験をもとにした小説を匿名でネット上に発表し続けた経験を機に、体験ルポやメディア脚本等の様々な媒体で執筆を担う。墓石や玩具など、人の心が生み出す物体にも傾倒し、立体造形や空間について学ぶ。
2015年「ゆうめい」を結成。全作品の作・演出、多くの美術を手掛ける。


芸術と常に生きて来た方なのだろう。そして、池田さんは創作をし続けることが生きることなのではないか?本作は33歳になられた池田さんの実体験から生まれたものなのか?百貨店などの展示会や催し物の設営と撤収をする仕事場が舞台。お店が閉まってから開店までの間で設営・撤収をすることが求められる。夜間の仕事なので大変。実は、私の弟はこの仕事をしている。いわゆる現場監督なのだが、もう40年近く、現場仕事をやり続けている。徹夜仕事は本当に大変だろう!私も百貨店などで撮影をしたことがあるが20時現場集合で午前8時くらいまでの完全撤収が求められ、大変だった。その仕事の現場が舞台となっている。俳優は3人だけ。美大の学生が伝統的にここのアルバイトをするようになっているという設定。美大でない経済学部の学生(丙次)と美大の卒業生(本橋龍)。この会社のベテラン正社員と新卒正社員は同じ俳優(黒澤多生)が二役を演じている。時間に追われ人数が少ない中で作業を迅速にしなければならない現場。午前4時になると撤収した資材を搬出するトラックがやって来るという設定なのでそれに間に合わせなければならない!そしてその時期が、この公演に重なっているようにクリスマスの飾りつけの撤収という事になっている。美大生とそうでない大学生は、結果、この会社に入社することとなる。そして、学生時代から何年後かのクリスマスの撤収の様子が改めて描かれる。結婚して子供が出来て、しかしながら芸術作品を創るという思いやもう一人(経済学部卒の方)は音楽をやり続けたいという思いが捨てられないでいる。子どもといっしょにいると幸せを感じるのは確か。でもそれでいいのだろうか?という気持ちとの葛藤が描かれる。見ていて、決して明るい気持ちではいられなくなる。そのいたたまれなさが最初に書いたようにヒリヒリとした感覚で私たちに迫ってくる。そして、そうしたことを引き受けながらも懸命に生きて行くという現実が描かれる。池田亮の手になる美術は養生テープが無数に天井から下げられ半透明の大きなスクリーンのようになって背景を形作る。そして、手前にはいくつかの脚立が据え付けられ、その脚立がいろんな形に見立てられトランスフォームしていく!その様子を見て、本作が演出家賞を獲ったことに納得。流れるように脚立が動き、新たな形が創られていく、サウンドや照明がそれにシンクロしていき、それ自体がアート作品となっている。並行して、時代に呼応できない生前のゴッホのように生きづらさを抱えている世代の叫びが発せられる。現実の厳しさと、ある美意識に貫かれた世界が同居する演劇と言う意味ではとても個性的な舞台!そして、なんだか泣けてくる。上演時間100分。12月28日まで。
本作で今年の観劇は終了しました。今年は51本の舞台を見ることが出来ました。以前、西堂行人先生が観劇は体力!とおっしゃっていたことが、この歳(63歳)になるとマジで実感するようになりました。いつまでお芝居を見ることが出来るだろうか?と思いながら一人で横浜に行き、時間があったので氷川丸を見たりして、その後、観劇前に劇場向かいのローソンでPBのカップラーメン(201円)を食べて、舞台を見てという、静かな年末をじっくりと堪能させていただいています。坂本龍一の晩年の書籍にこんな題名の本がありました「ぼくはあと何回、満月を見るだろう」です。関内駅に向かう途中で以下の写真のような風景がありました。


