いい子のままなら、いい大人になれると思っていた
今の私から、あの頃の自分へ
将来の夢は当たり前にあった
「将来の夢は何?」
この質問に迷わず答えられることが、私にとって、いい大人になるための近道だと思っていた。
「動物看護師になりたい!」
小さい頃から仲の良かったいとこが動物好きで、遊びに行くといつもペットの話を聞いた。
彼女がコーギーを迎えてからは、長期休みのたびに会いに行くのが楽しみで仕方がなかった。
我が家は動物とは暮らしていなかったから、いとこの家で初めて触れる犬の体温と、愛らしい姿や仕草にめろめろで、
動物にかかわる仕事がしたいと思うのは必然だったと思う。
ペットショップの店員さんや獣医さんを経て、私がなりたかったのは「動物看護師」だった。
そして、質問されるたびにそう答えた。
夢があると、周りの大人は私をほめてくれた。
そして、早くから将来を決めている私のことを「ちゃんとしている」「立派だ」と言った。
あの頃の私は、夢が早く決まることは、
いい大人になる準備が早く終わることだと思っていた。
迷わないことは、安心だった
そのまま私の進路は、ずっと「動物看護師」一直線だった。
高校は理系が強いところを選んだ。大学も、最初から専門の学科がある1本に絞って、落ちたら専門学校に入るつもりでいた。
ここまで進路を決めているのは、私の周りでは珍しい方だったかもしれない。
小さい頃からなりたい職業をずっと目指しててすごいと言う人もたくさんいた。
将来どうしようかなぁという友達を横目に、安心していた。私はそもそも、将来に迷ったことがなかった。
親も安心していた、と思う。そして私も、安心していた。
でも今思えば、その安心は「考えなくていい安心」だった。
もう決まってるから。それ以外のことは考えなくて良かったのだ。
好きなものも興味のあることもたくさんあった。でも、それらを将来につなげて考えたことは一度もなかった。
私は将来を決めていたのではなく、勝手に決めつけていたのだと、今は思う。
現実は、夢だけでは続けられなかった
そのままストレートで動物病院に就職。ずっとなりたいと思っていた動物看護師に、なれた。
でも、働いていてだんだんと違和感に気づいた。
最初に勤めた病院は人間関係が合わず、入って2ヶ月経たずで体調を崩して退職。
それでも動物病院は求人が多く、次の職場はすぐ決まった。
厳しい環境ながら仕事をこなし、出来ることも増えた。退職する人を見送ったり、後輩ができて教える立場になったり。
先生や同僚のみんなからも、それなりに信頼されていたと思う。
でも違和感はずっと消えなかった。
勤務時間は長く、常に気が休まらない。家に帰っても自分のことを考える時間もなく、眠ってすぐ起きては出勤する日々に、私は確実に疲弊していった。
周りのことも人のことも、自分のことすら、なにもかも考える余裕がなかった。
このまま働き続けたら、私は自分を大事にできなくなる。
そして、仕事を辞める決断をした。
たった3年の動物看護師人生が終わった。
辞めてから、少しだけゆっくりして。
考える時間が出来た私を襲ったのは、どうしようもない焦りと虚無感だった。
子供の頃からの夢なのに、続けられなかった。夢だけでは、続けられなかった。
私はこれから、どう生きたいんだろう。
それが初めて、自分の未来を考えた時間だった。
自分らしい仕事、不安が膨らむ日々
そんな時、学生時代一筋で働いていたイベント系のアルバイトでお世話になった方から、イベント企画の仕事を紹介してもらった。
当時のアルバイトはすごく楽しくて、心の底から大好きだった。
目の前でたくさんの人が楽しんでいる姿や笑顔を見ることができる。そして自分のふるまいが誰かの「楽しい」につながる。
そんな実感が活力になって、もちろん大変なこともたくさんあったけど、
今思い返しても人生でいちばん楽しかったのはアルバイトだったと言えるくらい、大好きだった。
その延長で出会った今の仕事は、私が自分で考えたなかでやりたい、と思った仕事だった。
同僚も上司もいい人ばかりで、大変なことも多いけど学ぶことも多く、楽しいしやりがいがあった。
でも、私は契約社員だった。
業務が同じでも、非正規では待遇が大きく異なる。給料は年齢平均より圧倒的に低いし、ボーナスもない。
日々の業務に追われ、それでも自分の人生どうにかしないととぐるぐる考え、
気づいたら30歳になっていた。
将来への不安が消えず、膨らむばかりだった。
ないものばかりを数えていた
今までずっと「いい子」で、大きな挫折や苦労もしてこなかった。
だから自分が劣等感をもっていることに気づかなかった。本当は、認めたくなかったのかもしれない。
やりたい、楽しいと思えて、動物看護師をしていた頃から考えたら明確に自分らしい仕事が出来ていると思う。
でも、正社員の同僚や友達、恋人…すべての人が、ずっと羨ましいままだった。
収入、評価と昇進、充実した生活、あらゆる余裕…今の自分にはないものを持っているみんな。
自分が貧しく、何も持っていないように感じて、惨めで涙が出た。
もっと早く自分自身のことを考えられていたら。もっと違う選択もできたんだろうか。
今の私が考えるべきこと
たぶん私は、いちばん考えるべき時に、「自分のこと」を考えることを放棄していた。
周りが喜んでくれる自分と、自分が本当に望むことの違いを考えないまま、大人になってしまった。
私が本当は何が好きで、何をしたくて、どんな人生を送りたいのか。考えないままでも、生きてこられてしまった。
だから今、必死に考えて生きている。出遅れてしまったけど、毎日考えている。
私が大切にしたいこと、守りたいもの、やりたいこと、好きなもの…まずは自分を知るところから。
戻らない過去も、すべて無駄じゃなかったと思えるような日々を送れるように。
いい子のままなら、いい大人になれると思っていた
いい子のままなら、いい大人になれると思っていた。
でも今は、少し違う。
誰かが決めた正解を歩くことより、自分で納得して選ぶことの方が、ずっと難しい。
だから今の私は、あの頃より迷っている。迷って迷って、へとへとになりながらも、納得できる日々を送れるように選んでいる。
それはあの頃よりずっと、自分の人生を生きている感覚があるのだ。
私は自分の人生を、自分で選べる大人になりたい。
迷っても立ち止まっても、自分で考えて選んだ道なら、後悔しても納得できる。そう思うから。
