ギリシャ神話の話9 テセウスの話 外伝 マラトンのケモノ中編

偉大なる一族

『我がクレタ王国はギリシャ界隈において最も優れ最も偉大な国である』
偉大な父王であるミノス王から我アンドロゲオスがこの言葉を聞いたのはいくつの時であっただろうか。
ギリシャ諸国において大きく離してはいるが第二の国アテナイに『友誼を深めに』という名目で視察を願い出たときにも同じ言葉を聞いた。
偉大なるクレタ、その言葉の意味は重い。
しかし偉大な国を統べる我が一族には汚点ともいえる黒墨が一点だけある。
それは我が兄アステリオスだ。
母であるパシバエの気の迷いによって生まれた醜悪な牛と人間が混じったあの姿を思い出すだけで、偉大な国の偉大な一族による偉大な系譜が全て汚されてしまったように思える。
偉大なる一族の汚点と言える(呼びたくもないが)兄は迷宮へと隔離したが、それだけで汚点は拭いされるとは思えない。
汚点の原点ともいえる兄の父である白牛を屠るまで、偉大な系譜は汚されたままであると我は考える。

偉大な力

友好のためで提案した我のアテナイ訪問は、父王の許しを得ることが出来た。
ちょうど折しも運よくアテナイにてパナテナイア祭が開かれたのも、我が偉大なる祖先達と神々からの祝福であるのだろう。
アテナイに赴いた我はアテナイ王へ挨拶に向かう。
ギリシャ第二の王とは思えないほど弱弱しいアンドロゲオス王は、我からしたら小物に見える。
だがそんな小物であっても招聘を受けた国賓の身、対等に付き合うのも偉大な系譜に名を連ねる者の役目ともいえるだろう。
招かれたという建前ではあるものの、せっかくだから我が力をアテナイに見せつけるのもいいだろう。
パナテナイア祭ではボクシング、レスリング、やり投げなど競技会が行われると聞く。
クレタには決して敵うことがないとアテナイの愚民どもに教えてやろうと思う。

結果は我の圧勝であった。
全ての競技において我は完全制覇し勝利することが出来た。
余りにも歯ごたえが無く、思った以上にアテナイは力がない国なのかもしれない。
これであればクレタがアテナイ率いるギリシャ諸国に屈服するときは永遠に来ないであろう。
それとも偉大な血を受け継ぐ我がギリシャ圏でも余りにも優秀な力を持っているだけなのかもしれぬ。
さて父王と約を重ねた『友誼を深める』という名の『クレタの力を見せつける』ことには奏功した。
あとは我のもう一つの目的である偉大な系譜の汚点を排除してしまおう。

尊大な勘違い

「兄アステリオスの父である白牛はアテナイにいる」
その話を聞いた我は一にも二にもアテナイへと向かいたかった。
一刻も早く汚点をのぞきたかった我は、表向きは友誼の使者として赴くことを提案し許諾された。
そしていざアテナイに向かいその白牛の話を聞いてみると、アテナイの北東マラトン近郊にて暴れまわっているとの話を聞くことができた。
千載一遇の好機とみた我は「競技会での栄光とともにその暴れ牛を神と友人の国アテナイにささげよう」とアンドロゲオス王に伝えた。
アンドロゲオス王はその我の言葉に若干の戸惑いを見せたが、我の言葉によって説き伏せ頷かせることは出来た。
なに心配などせずとも我は偉大なる血を引きしクレタの王太子。必ずや白牛を屠って見せると笑ってみせた。

ギリシャにおいて現在最も偉大な英雄ヘラクレスはかの白牛を一度は捕らえたそうだ。
であれば同じく偉大な我であれば捕らえるのもその身を引き裂くのも容易である。そう考えていた。
しかし甘かった。口にしたことはないがネクタルよりも甘い考えであった。
あれはまさしく神が遣わした牛、人間の系譜での偉大さなど神の威光の前では芥子粒にも満たないようだ。
白牛と相対した我は勇みよく飛び出し一撃のもとに葬り去ろうと剣を振るった。
しかし我が剣は白牛の毛を剃ることすらできず弾き飛ばされ、白牛の突進に何の抵抗も出来ず飛ばされた剣の如く我の体も大きく吹き飛ばされてしまった。
自身の身の内の崩壊を感じ取り、我の命はもう長くはないと感じる。
我が偉大なる道はここで閉ざされてしまうのか。
そもそも偉大な道など存在はしなかったのか。
今となってはタルタロスへと続く道でしかないのであろうか。
ハデス神にでも後程聞いてみるとしよう。

いいなと思ったら応援しよう!