55歳文系、ゲーム翻訳からプロダクト開発にピボット
僕が初めてゲームのローカライズにコーディネーター的に関わったのは、1995年。新卒で入社したゲーム会社で開発したRPGゲームの英語圏向けの販売が決まり、当時会社には専門的にゲームの海外版制作を行なう部署がなかったので、他の部署がやらないことは何でもやる、よろず屋みたいな部署に所属していて、海外担当だった僕にお鉢が回ってきたのだ。
そこから約30年、ゲーム中心のローカライズ業に様々な立場で関わってきて、2024年末に外資の合同会社のサラリーマン代表をやめて再独立。そこからはベンダーとしてのゲームローカライズを再開、インディーゲームの海外向けの配信のお仕事を仕込んでいたところ、80代半ばの父親が転倒をきっかけに認知症が一気に進行し、その父親を一人で同居して介護する母親をサポートすることが必要になり、残念ながらインディーゲームの海外向け配信のお仕事は断念することになってしまった。
配信契約をしていた相手先には大変迷惑をかけてしまったが、海外向けインディーゲーム配信の仕事に関しては(特に最初の数年は)自分で海外インディーゲームイベントに出向いてブースに立つことに重きを置いていたので、認知症の父の介護を行なう母親のサポートと両立することは流石に不可能だったので、これ以上の迷惑をかける前に断念せざるを得なかった。
そこから、自分のペースでゲームローカライズを粛々と続けていこうと気持ちを切り替え、ありがたいことに自分自身もシリーズ作品を全て遊んで(クリアしていない作品もあるけど)、大好きだったシリーズ作品の翻訳プロジェクトが決まったタイミングで、父親が介護が必要なレベルで認知症発症するというライフイベントからアイデアが生まれ、そのうち自分でプロダクトを創りたいという確信に変わっていった。試しに考えている機能をClaude Codeでバイブコーディングしてみると動いたので、もっと時間を投入すればMVPまでは行けそうだけど、ゲームローカライズの仕事を全方向で展開していると父親の介護関係で割く時間も考えると、どうしても時間が足りない。
というわけで5月中には終わる案件を最後に、どうしても自分が手を動かす時間が増えてしまう英日案件の受託はおしまいにすることにした。最後に自分も一人のゲームプレイヤーとして大好きで遊んだIPに関わることができたのはラッキーだった。機会を与えてくださった関係者には感謝です。
せっかく30年溜め込んできたゲームローカライズ関係のノウハウは近いうちにnoteとSubstack(有料記事)を組み合わせて書いていく予定なので、ゲーム翻訳やゲームローカライズに興味あればフォローしてくれると僕がよろこびます。
