ドイツの誕生日祝い
ドイツの誕生日祝いは、日本とは少し違ったお祝いの仕方だ。
自分でお祝いの準備をして、みんなを招待し、おもてなしをする。
会社でも、色々な方法で同僚をもてなす。
手作りケーキを持参する人もいれば、朝食の準備をしてくれる人もいる。
私には、誕生日が数日違いの同僚がいた。
私達はいつも一緒に、会社のみんなへのおもてなしを準備した。
誕生日一か月前くらいになると、今年は何をしようか、どんなものを用意しようかと、二人で計画する。
ドイツ式の朝食、日本式の朝食、ケーキを焼いて持って行ったこともある。
私達の朝食は同僚に大好評で、今年はいつ作ってくれるの?と楽しみにしてくれていた。
遠く離れていても、私達は今でもお互いの誕生日になると、あの楽しかった日々を思い出してメールを送り合う。
ドイツに留学した時、私は誕生日の一日前にドイツに到着した。
翌日の誕生日は、もちろんケーキなど焼ける状態ではない。
まだ慣れない街でケーキ屋さんを探し、ケーキを買い、学生寮に運んだ。
私は、ドキドキしながら一つ一つの部屋をノックして、昨日引っ越してきたこと、そして今日は誕生日だからケーキを一緒に食べませんか?と勇気を出して声をかけてみた。
学生寮には共同キッチンがあり、そこにみんなが集まった。
初めて会う寮の友達。
私はドキドキしながらケーキを切り分け、みんなに配り始めた。
その時に、緊張のせいか、お皿を落として割ってしまったのだ。
日本では、物が割れるのは不吉な予兆。
ドイツ生活の初日、そして誕生日にお皿が割れるなんて、私はなんて運が悪いんだろうと、つい愚痴をこぼしてしまった。
傍にいたドイツ人の学生が、すかさず私に言葉をかけてくれる。
ドイツでは物が割れるのは、幸運を運ぶんだよ?
Ditoは今ドイツにいるから、幸運が訪れたんだよ!
みんなも、そうだそうだ!幸せになれるよ、と口々に言ってくれたのだ。
寮の友達は、私の誕生日を当日に知ったので、ちょっと待っててと言って部屋に戻り、部屋にある物から色々なものをプレゼントしてくれた。
チョコレートやお菓子、雑誌、これから必要だろうからと、使わなくなったという食器を譲ってくれる人。
自分の部屋で活けていたお花を、花瓶ごとあげると言って、そのままプレゼントしてくれる人。
プレゼントになるようなものが何もないから、明日必ず買ってくる、と言ってくれる人もいた。
私は要らないと断ったけれど、翌日私は、綺麗に包装された可愛らしいピンクのカランコエの鉢植えをもらった。
部屋が明るくなるよ、と言って、友達はその鉢植えを私に手渡してくれた。
だから私は今でも、カランコエが大好きだ。
いつもカランコエのピンクを、手元においている。
あの誕生日の一日は、とても幸せだった。
みんなには、感謝の思いがいっぱいだ。

こうして、私のドイツ生活が始まった。
因みに、誕生日を含め、何かの前祝をすることは、ドイツでは不幸を招くと言われている。
だから、私は絶対に前祝をしないし、前祝いの言葉もかけない。
以前、会社にあった壁掛けのカレンダーを、月末の仕事が終わったので破ろうとしたら、同僚のドイツ人のおばさまから、不幸を招くから明日にしなさいと言われた事もある。
私はそれ以来、翌月1日にならないとカレンダーをめくれなくなった。
毎月、カレンダーをめくる度に、あのおばさまを思い出す。
ある年の私の誕生日、パートナーの両親をレストランに招待した。
リクエスト通りに、ミュンヘンビールが飲める、伝統的なドイツレストランだ。
店員さんはドイツの民族衣装を着ていて、とても可愛らしい。
私は、子牛のシュニッツェルを頂いた。これはカツレツのようなものだ。

パートナーの両親からは、プレゼントは何が欲しいかと毎年聞かれる。
私はいつも、また一緒に自転車でお出かけをしたい、とお願いする。
両親は、そんな物はプレゼントにならないし、いつもやっていることでしょう?と困った顔をした後に、そう言うだろうと思っていたよと、笑ってくれる。
そうね、Ditoが一番嬉しいのなら、また行きましょう、と言ってくれる。
パートナーの両親は、少し前に電動自転車を買った。
二人とも自転車で出かけるのが好きで、雨以外の日は、ほぼ毎日出かけている。
古い自転車は処分する予定だったが、私とパートナーのために、今も置いておいてくれる。
パートナーの母の隣を走り、彼女があちこちを指差しながら説明するのを聞きながら走る自転車旅行が、私は大好きだ。
そして、私達の前には、パートナーの父と、パートナーが走っている。
私達は、二人とも似てるねえ、などと言いながら、後ろから二人を見ながら走っている。
時々私はパートナーの隣を走り、パートナーの両親の背中を見ながら走る。
二人はとても幸せそうで、私もあんな風に歳を取りたい、と呟いてしまう。
するとパートナーも、そうだね、と答えてくれる。
私が街で見かけて可愛いと言っていた部屋のランプを、パートナーがこっそり両親に教えていてプレゼントしてくれた。
自転車のお出かけは無いの?と恐る恐る尋ねる。
Ditoに頼まれなくても行くわよ、とパートナーの母が笑って答える。
サプライズプレゼントも、みんなの優しさもありがたくて、まだ日も明るいのに、頂いたランプに電気を点けて眺めてしまう。
パートナーが私の横に来て、こっそり秘密を教えてくれた。
パートナーの父は、色々な電球を3つも買って、どの電球が陶器の透け具合が一番綺麗か試してくれたのだそうだ。
パートナーの父はそれを聞くと恥ずかしがって、全くおしゃべりなやつだな、と笑っている。
私も、私が可愛いと言っていたランプをこっそり教えるなんて、本当におしゃべりだね、と加勢する。
でも、そのおしゃべりなパートナーのお陰で、私はこうして幸せな1日を過ごしているのだ。
パートナーの父が、予備のランプも買ってあるから、いつでも言いなさい、と言う。
全く、一体どこからこんな優しさが次から次へと生まれてくるのか、私はいつも驚いてばかりだ。
今、そのランプを、リビングに飾っている。
ランプにスイッチを入れるたびに、二人の顔が思い出される。
パートナーの父が選んだ電球は、とても温かく優しい色だ。
そのランプは、部屋を明るくするだけでなくて、私の心まで温かく照らしてくれている。
ドイツの初誕生日会で、ドイツ人の友達が言ってくれた通り、私には本当にたくさんの幸せが訪れた。
いつもありがとう。

