【短編小説】結婚式で泣く女
「私さぁ、友達の結婚式で泣く女になりたかったよ」
ファミレスにて向かい合う旧知のユズが、ハンバーグをナイフとフォークで切り分けながら、不意に口にした。
この人、ハンバーグを最初にすべて一口サイズに切り分けてから食べる。
冷めるし、肉汁が出ちゃうよとたしなめたのだが、
「お箸で食べたいから。白いごはんをフォークで食べるの、いやなの」
ハンバーグと白ごはんを連続してスムーズに食べたい。
そのためには最初にハンバーグをすべて一口サイズに切り分けておく。
ということだそうだ。
「泣いたらいいじゃない」
私は自分のハンバーグをナイフとフォークで一口切り、口に運ぶ。
「涙出ない。でも泣く女になりたい」
「どういうことよ」
カチャ、とナイフとフォークを皿に八の字に置き、ユズは口をとがらせた。
「ん~、わかんない」
「なにそれ」
要領を得ない。
まあ、いつものことなのだが。
我々は同い年の29歳。中学からの友人だ。
周りからは、社会人になってからも続く友人関係は珍しいと言われる。私もそう思う。
29歳というと、友人や年の近い先輩、後輩の結婚が増える時期だ。それでおのずとこういう話題になっている。
が、私たちが話題にするのはもっぱら、「私たち以外の結婚」についてだ。
実は私たちは、お互いの「恋愛関係」についてあまり話さない。
というのも、ユズがそういう話を嫌うのだ。
私が合コンに行ったとか、気になる人がいるという話をするだけで、まるで不潔と言わんばかりの嫌悪を顔に浮かべる。アイドルや俳優の話は「へえそうなんだ」と呑気に聞いてくれるのだが。
そのくせ、自分はどうやら、チラチラと男の陰がなくもない。
ふと物思いにふける横顔や、その細く、か弱い首筋から、時折「彼女のものではない」気配を感じることがある。
あ、生霊とかではない。わかるでしょ?
におい、みたいなものだ。
なのでそれとなく聞いてみたことがあるのだが、やけによそよそしく、目も合わせなくなるので、あきらめた。
「あ、でもね、私、泣いたことあったわ」
割り箸を割った瞬間、ひらめいた、という顔でユズは言った。
「あるんじゃん。いつ?」
「大学の先輩の結婚式」
「へえ」
「もうだいぶ前だけど。3年くらい前だったかな」
「じゃあ解決じゃん」
「いやそれがね。自分でもわからないんだけど」
切り分けられたハンバーグを箸でつまみ、口に運ぶ。
もぐもぐしている。
まるで話が終わったかのようにもぐもぐし続けている。
私はそのもぐもぐする、つやつやとした口元を見ながら、辛抱強く待った。
やがてゴク、と飲み込んだ。
「お父さんの気持ちになっちゃって。大号泣しちゃったんだよね」
「は? お父さんの気持ち?」
「自分でも引いたわ」
「どゆこと?」
「いやだからさ。お父さんの気持ちだよ。『大事に育てた娘を、どこの馬とも知れない男に奪われたお父さん』の、気持ち」
涙ぐんでいる。
私は言うともなしに、おお、とだけ言い、次の一口を切り分けにかかった。
「なんでだと思う?」
知らんがな。
「なんでだろ……なんでか、先輩の『お父さん』の気持ちになっちゃったんだよね。それで、式が終わってもしばらく席から立てなくて」
それは重症だな。
「あとで聞いたら、先輩を旦那に奪われたことにショックを受けてたみたい、そんなに好きだったんだねって噂になってたらしいよ」
「でしょうね」
「まあ、そう解釈されて、それが自然なら、都合いいんだけど……」
「よかったじゃん」
「で、なんでだと思う? たしかに先輩のことは好きだったけどさ。変だよね? 父親の気持ちだなんて」
「わかんないよ」
「だよね……」
ユズは失望したようにため息をつき、ホットティーに口をつけた。
「あつっ」
「大丈夫?」
「あー火傷したぁ。いだい。まだ冷めてなかったわ」
「ふーふーしてから飲めっていつも言ってるでしょ」
「だからね。私、泣いてみたいんだよ」
「泣いたじゃん」
「そうじゃなくて、純粋に、結婚する友達について、友人として、泣きたいの。お父さんの気持ちじゃなくて」
私はアイスティーのストローを吸った。
「無理して泣くことないんじゃない? なんで泣きたいの?」
ユズは唇からチラとのぞかせた舌を、苦い顔をしながら指先でちょんちょんと触っている。
「泣ける女、よくない?」
「よくない? とは?」
「友達の結婚に感動して泣ける女、よくない?」
「まあ、いいと思うけど」
「でしょ。でもさ。泣けないんだよ。私。どうして泣くん? どんな気持ちなの? ヒカちゃん、教えて?」
「いや、そう言われると、私も泣きはしないんだよな。よかったね、とは思うけど」
「そっかぁ。泣ける女、呼ぼうか」
「誰よ」
「いないよ。友達少ないし。その中から探すとして、そいつが『泣ける女』なのかも、これから調査しなきゃだし」
「調査?」
「結婚式に関するアンケートです。
Q1.
あなたは友人(同性)の結婚式で、泣きますか?
はい
いいえ
どちらともいえない
Q2.
Q1で「はい」と答えた方にお聞きします。その理由について、次の選択肢の中から最も近いものを1つ選んでください。……」
「……選択肢は?」
「わからん。ヒカちゃん考えて」
「私かよ。うーん、『友人が結婚して嬉しかったから』とか?」
「うん。あとは?」
「……『友人のこれまでの苦労を知っていたので、報われたことに感動したから』とか」
「うん。ほかは?」
「……『ここで泣くことで、❝善き友人❞と周囲に思われたいから』」
パチン。
ユズは指を鳴らし、人差し指を立てた。
「それです」
「それです?」
「それじゃん。絶対。結婚式で泣く女なんて、絶対それ。❝善き友人❞を演じてる。
❝善き友人❞を演じるメリットは3つ。
1つ、自分が❝善き友人❞、そして❝善き女❞と周囲に思われる。
2つ、『女が泣く』という派手な演出により、場が盛り上がる。
3つ、盛り上がることで、その立役者となった自分の存在が、その場にいる人間に覚えられる」
「まあ、結婚式なんて、お見合いの場でもあるからね。出会いが友人の結婚式なんてよく聞くし。自分は❝善き女❞、❝善き妻❞候補ですよっていうアピールにもなるかもね」
「それ! つまり婚活! ブーケトス以前からもう戦いは始まっている!」
こいつほんとに舌火傷したんかなというくらい饒舌である。
「ん-と、整理するとさ。結婚式で泣く女は婚活目的。そしてユズは泣く女になりたい。つまり婚活したいってこと?」
「違う! 違う違う違う!!」
めちゃくちゃ目を吊り上げて声を荒げる。
後ろの席の人がチラとこちらを見た。
「私は心から、友人のことを思って泣きたいのだよ! ほかの女と一緒にしないでくれたまえ」
なぜか手に見えない扇子を持って仰ぎ、軽蔑の眼差しを向けてきた。
そこにないはずの口ひげを神経質そうに撫でつける仕草をする。
「うんわかった。つまり、友人の結婚式の場で、お祝いではなく虎視眈々と自分の未来の旦那を見つけにきてる、肉食女とは違うってことね」
「そうそう」
「じゃあQ2の選択肢1『嬉しくて泣いた』か、選択肢2「それまでの苦労をしっていて、報われたことに感動して泣いた』を選べば?」
選ぶ? 理由を選んで泣く?
わからなくなってきた。こいつは何がしたいんだっけ。
「ヒカちゃん、理由を選んで泣くのは、私違うと思うよ」
「なんかたしなめられてる? 私わからなくなってきたよ。ユズが何をしたいのか」
「ヒカちゃん……私なんでそもそも、結婚式で、友人のために心から泣きたいんだっけ? 選択肢1の『嬉しくて泣いた』も、2の『それまでの苦労をしっていて、報われたことに感動して泣いた』も、ピンと来ないしさ」
「もう自分の足でもつねって、その痛さで泣いておけば」
「さて、デザート何にしよっかな~」
急に話を遮り、ユズはテーブル端に立てかけてあった大きなメニューを手に取って開いた。
メニューでその顔は隠れたが、ウキウキとした声と、テーブルの下でバタつかせている足の動きから、皿の上の切り分けられたハンバーグにはもう興味がないとわかる。
「デザートはハンバーグを全部食べてからにしなよ。まさか残さないよね」
「今日はケーキ2個食べちゃおっかな! ヒカちゃんは?」
ユズが広げるメニューの表紙に、先日SNSで見かけた季節限定フルーツパフェを見つけた。これにしようかしら、と決めながら、フラリと口元が動いた。
「私、結婚するの」
「へぇ~」
足のバタつきが止まった。
「へぇ?」
メニューの季節限定フルーツパフェの向こうから、見開かれたユズの片目が覗いた。
井戸から這い上がってくるオバケのホラー映画で見たことあるやつだった。
しかし私はまた平然と自分のハンバーグを切り分けに戻り、口に運んだ。続けてフォークで白米を掬って食べる。おいしい。
「ユズも冷めないうちに食べなよ」
「ねえ」
「デザートはご飯を食べ終わってから」
「ねえ嘘でしょ」
「結婚式、来てね」
「嘘。冗談言ってるでしょ? ノリでしょ?」
口の中のものをゴク、と飲み込み、メニューから片目を覗かせたまま固まっているユズをじっと見る。
「泣いてくれる?」
その直後、ファミレス内に女の泣き叫ぶ声が響いた。
「どこの馬の骨だぁーーーー!!!」
「お父さんやめて。店員さん、すみません、なんでもないんです」
「許さんぞーーーーーー!!!!!」
「もう父親の気持ちでもなんでもいいや。泣いてくれてありがと」
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