「不良品」のフリをして届けられた贈り物。400年前の職人が仕掛けた、粋な「バグ」の正体。
日々、図面を引いたり現場を見たりしていると、「完璧であること」が当たり前の世界にいます。でも、萩の伝統工芸「萩焼」の歴史を紐解くと、あえて「完璧を崩す」ことで生まれた、最高にクールな技術的裏話に出会いました。
今回は、エンジニアや技術者の皆さんにこそ聞いてほしい、萩焼に隠された「粋なハック」のお話です。
1. お殿様専用のブランドを、どうやって「横流し」するか?
江戸時代、萩焼は毛利藩の「御用窯(ごようがま)」。つまり、お殿様や幕府への献上品を作るための、超エリートブランドでした。当然、庶民が手にすることは許されません。
しかし、庶民だって良いものを使いたい。そして職人だって、自分たちの技術を広く届けたい。
そこで当時の職人たちが考えた「解決策」が、実にユニークでした。
器の底にある「高台(こうだい)」という部分に、わざとペロッと切り込みを入れたのです。
「これ、切り込みが入っちゃったんで不良品です。お殿様には出せませんね(ニヤリ)」
こうして、名目上「ワケあり品」とすることで、本来は手に入らない最高級の器を庶民の食卓へと届けました。現代のITで言えば、あえて「仕様外」の挙動を残すことで、制限を回避する隠しコマンドのようなものでしょうか。
2. 「雨漏り」という名の致命的なバグが、芸術に変わる瞬間
建築の世界で「雨漏り」といえば、我々技術者にとっては血の気が引く大問題です。
しかし、萩焼の世界では「雨漏り」は称賛の言葉になります。
萩焼は、あえて低い温度(1100℃~1200℃)でじっくり焼くことで、土の粒子が完全に詰まりきらない「遊び」を残しています。
使い込むうちに、その隙間からお茶の成分が染み込み、器の表面にまるで雨漏りのような独特のシミが広がっていく。
この変化を、先人たちは「景色」と呼びました。
構造上の「隙間」を「劣化」と捉えるのではなく、時を刻む「表現」として再定義する。この発想の転換こそが、萩焼を400年続くトップランナーに押し上げた技術的な核(コア)なのです。
3. 素材の「配合」という名の緻密なコーディング
萩焼のあの絶妙なピンク色(琵琶色)は、偶然生まれるものではありません。
大道土(だいどうつち): 白くて粘りがある「骨格」
見島土(みしまつち): 鉄分が多く、単体では黒くなる「着色剤」
この2種類の土をどうブレンドするか。それは現代のプログラミングや、コンクリートの配合設計にも似た、緻密な計算の世界です。作家さんたちは、自分の理想とする「景色」を描くために、土という物理デバイスを徹底的にチューニングしているのです。
結び:遊び心が、技術を長く生かす
萩焼の底に入れられた、あの小さな切り込み。
それは、厳しい制約の中で「どうすればもっと楽しくなるか?」「どうすれば多くの人に届くか?」を考え抜いた職人たちの、愛すべき「バグ」でした。
私たち技術者も、仕事の中でついつい「正解」や「完璧」ばかりを追い求めてしまいます。
でも、ほんの少しの「ゆらぎ」や「遊び心」があるからこそ、その技術は人の心に届き、400年も愛される存在になるのかもしれません。
次に萩の街で萩焼を手にしたときは、ぜひ器をひっくり返して、その「底」を見てみてください。そこには、歴史をハックした職人たちの、いたずらっぽい笑顔が隠れているはずです。
HIROHOUSE 一級建築士事務所 代表 原口良裕
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