正解ばかりを探す日々に。萩焼の「ゆらぎ」が、私たちに教えてくれる大切なこと。
仕事でもプライベートでも、私たちは常に「正解」を求められています。 効率、合理性、失敗のない設計図。 そんな、ピンと張り詰めた毎日を過ごしていると、ふと、もっと柔らかくて、答えの出ないものに触れたくなる瞬間はないでしょうか。
私が暮らす山口県萩市には、400年前からそんな私たちの心を解きほぐしてくれる、不思議な「ゆらぎ」が存在します。
始まりは、異国から来た兄弟の「挑戦」でした
江戸時代の幕開けとともに、朝鮮半島からこの萩へとやってきた二人の兄弟、李作光(り さっこう)と李慶(り けい)。 彼らは毛利公に招かれ、見知らぬ土地でゼロから窯を開きました。
現代で言えば、情熱だけを鞄に詰めて異国で起業したエンジニアのような存在です。土地の土を調べ、風を読み、試行錯誤を繰り返しながら、彼らはこの地でしか作れない焼き物を生み出していきました。
なぜ「未完成」が、至高の価値になったのか
面白いのは、彼らが故郷で作っていたのは、特別な芸術品ではなく、庶民が使う「ありふれた器」だったということです。 それが海を渡り、日本の「茶の湯」の世界、そして武士たちの精神性と出会ったことで、劇的な変化が起こりました。
当時の朝鮮王朝では、一点の曇りもない、完璧に左右対称な「白磁」が最高とされていました。 しかし、日本の茶人や武士たちは違いました。 少し歪んでいたり、土のザラつきが残っていたりする兄弟の器を見て、「これこそが、自然のままで美しい」と感動したのです。
武士たちが求めた「精神の余白」
なぜ、戦いに明け暮れ、常に死を隣り合わせに感じていた武士たちが、そんな素朴な器を求めたのでしょうか。
完璧で変わらないものよりも、形あるものはいつか壊れるという儚(はかな)さ。 不完全だからこそ、そこに自分の心を重ね合わせ、自分を整える。 「正解」のない戦場を生きる彼らにとって、萩焼のゆらぎは、自分を「素」に戻してくれる大切な存在だったのかもしれません。
「育てる」という贅沢を知る
萩焼には「萩の七化け」という言葉があります。 使い込むほどにお茶が染み込み、器の色がゆっくりと、しっとりとした風合いに変わっていく。手に入れた時がゴールではなく、そこから使い手と一緒に時間を重ねていくのです。
効率やスピードばかりが求められる今だからこそ、この「ゆっくりとした変化」を愛でることは、一番の贅沢ではないかと思うのです。
結び
私は、古い建物の価値を見直したり、新しい住まいの形を考えたりする仕事をしています。 その中でいつも大切にしたいと思っているのは、「完成した瞬間が一番美しい」ものではなく、「住む人と共に深まっていく」ような、余白のあるものづくりです。
400年前、李兄弟がこの萩の地で込めた情熱。 そして、それを見出した先人たちの豊かな感性。 そんな歴史に思いを馳せながら、今日もお気に入りの萩焼のカップでコーヒーを淹れています。
皆さんも、正解探しに少し疲れたときは、萩の街を歩いてみませんか。 自分と一緒に時を刻んでくれる、そんな「相棒」がきっと見つかるはずです。
HIROHOUSE 一級建築士事務所 代表 原口良裕
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