小さな巡礼記 27
巡礼者のための夜


他の宿泊客と一緒に1階のダイニングで夕食を取っているとき、宿のご主人が教えてくださいました。
「皆さんは巡礼者のミサには行くの?今晩は特別で、その後にコンサートがあるよ」
「ほら、急がないと、ミサが始まってしまうよ」
…なんと!夜にミサがあるんだ!知らなかった!
デザートを急いで食べて、部屋に戻ってリュックをつかみ、大慌てで街の中心のサント・フォア修道院へ。街の端の宿からは、急勾配の、独特な石畳の登り坂。ワインの酔いに足を引っ張られ、息も絶え絶えになりながら駆け上がり、なんとかミサの開始に滑り込みました。
コンクは、サンティアゴ・デ・コンポステラへの巡礼路中の要所。聖堂は、ほぼ満席。アウトドアスタイルの巡礼者でいっぱいです。
夜のミサは巡礼者の熱気で、これまでに参列したミサとは何か違った力があるとさえ感じました。私は今ここにいると思うと、涙が出そうになります。
毎度のことながら、話す言葉は聞き取れませんが、心で何かを掴み、大きな感動のうちに終わるミサ。
すると、全員外に出るように、と促されます。コンサートの準備でしょうか?聖堂の中に残りたい気持ちを抑え、他の巡礼者に続いて外に出ます。
山の夜は、ずいぶんと冷え込んでいます。
聖堂前の広場で夜の街の光と聖堂をぼんやり眺めていると、修道僧がひとり、静かに中から出てきて、タンパンの前に立ちました。
そして、私たちに向かって話しかけるのです。
周囲の巡礼者たちが、タンパンを正面にぐるりと輪に並びます。もちろん、私も皆について動きます。
夜の講義の、始まりです。
夜闇の中に柔らかにライトアップされたタンパンを、修道僧が指し示します。見事な彫刻のタンパンは、向かって左半分が天国、右半分が地獄。テーマは最後の審判。ひとつとして同じものがない色とりどりの表情と動きの登場人物が、びっちりと彫り込まれています。
修道僧は、丁寧にその一つひとつを解説してくださるのです。
夜闇の中に月のように浮かび上がるタンパン。闇を正面に受けまっすぐに立つ修道僧。夜から押し迫って出てくるような聖堂。まるで、幻想の光景。
かなり長い時間、この講義を“見つめて”いたように思います。
聴衆の拍手で我に帰ると、いよいよコンサートのために聖堂が開かれていたのでした。
歌と弦楽の演奏は素敵でしたが…残念ながら、大好きな宗教音楽ではありませんでした。
ただ、そこにもうひとつ、素晴らしい贈り物があったのです。
私の座った席の斜め前方に、暗く開いた入り口があって、人がひとり、そしてもうひとり、恐る恐る覗いて、そこに入っていきます。そして、一向に戻ってきません。
…何だろう?
曲間に静かに席を抜け、好奇心で覗いてみると、どうやら階段で上に登れるようです。音を立てぬように、急な階段を、一段、また一段。ほのかに光の灯る部屋に抜けると、ひとり女性が椅子に座って私を待っています。
なんと、このコンサートの間だけ、普段は立ち入りできない聖堂の2階に入れるというのです。
…これは、なんという奇跡…!
僅かな料金を支払い、狭い入り口から、2階の回廊へ。
思いの外、広い回廊です。大きな蝋燭に所々照らされたような暗い照明の中、はるか下に続くコンサートの様子を時々伺いながら、ゆっくりゆっくり歩きます。
下からの柔らかなライトで、ぼんやり浮かび上がる柱の奇妙な彫刻。目を離した途端、ボウと勝手に鳴り出しそうなオルガン。照明の当たらない暗く恐ろしい踊り場。
あの階段への入り口に気付く人は少ないのでしょう。私のほかにはもう4名がここにいるだけ。夫婦と思われるお二人は楽しそうに散策し、ある人は光の具合のちょうど良い場所に座って、心地良さそうにコンサートを聴いています。不思議なあたたかさと平和がある世界。世界の端の出口まで歩いてから引き返して、私も自分だけの席を見つけて、しばし眼下のコンサートを楽しみました。
聖堂を出ると、一層冷たい夜風が吹いています。
街頭に照らされた石畳を見ながら、のんびりと巡礼の道を宿に向かって下っていきます。山の下の方からそよかに吹き上げてくる風、包まれる夜露に潤う草木の香り。このまま夢中になるうちに、暗闇に足をとられて転びませんように。
夜に見る夢が現実になったような、あの夜。こんな夜は、後にも先にも、経験したことはありません。
2024, Conques, France




