🌹女風土記🌹 東京都台東区 女性投資家第1号 富貴楼お倉 女史 / Japan's First Female Investor, Ms. Kura Saito

「ええ、お取り持ち致しませう。」
"Yes, I will make the arrangements."
富貴楼お倉(本名:斎藤くら) 女史
1837 - 1910
Ms. Kura Saito
東京都台東区浅草松葉町 生誕
Born in Asakusa, Taito-ku, Tokyo-to
富貴楼お倉(本名:斎藤くら) 女史は女性投資家第1号。横浜の「富貴楼」女将として、明治政府元老の「待合政治」「密議」の運営に手腕を発揮。
Ms. Fukiro O-kura (real name: Kura Saito) is Japan's first female investor. As the proprietress of the "Fukiro" in Yokohama, she adeptly orchestrated the political dealings and clandestine meetings of the Meiji government's elder statesmen (genro).
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「しうか娘」
浅草の堂前、俗に公儀は目漏しの下等な遊び場所である岡場所に、この辺り第一の顔役(侠客)である鳶職の父親・川村屋浅井丑之助の娘としておくらは生まれます。やがて父親は祖父と共に大島へ流され家族は離散、おくらは浅草奥山の水茶屋「星野」へ売りに出されます。「當然」が贔屓にする伝法肌の女形・坂東しうかそっくりの「しうか娘」という評判を得ます。まもなく幕府鉄砲御用達・松屋鉄六と良い中になるも、生活の為に新宿の「豊倉屋」に身を売ります。一日30人の客を取るほどのはやりっ娘*となり、大名主・高橋喜六の息子はおくらのために大木戸で血の雨を降らす騒ぎを演じます。おくらは祖父の子分で幕府植木御用達・斎藤亀次郎という手の付けられない道楽者に執心し、先妻である芸者・小満と姉妹の契りを交わして譲り受けます。「必ず立て過ごしますから」
*落語「七人廻し」のモデル
「子亀」
おくらは亀次郎の散財のために献残問屋(上流階級から進物の余り物を買い取り再販)の美濃勘に見受けされるも亀次郎の手引きで逃走、再び新宿の「菊池屋」に身売りします。「じゃあ、もうひとっ風呂入ってくるよ。」「うむ。身体を大事に行って来ねえ。」やがて八丁堀の常廻り・高橋藤七郎に囲われるも再び亀次郎と逃走、三度品川の「湊屋」に身を沈めます。その帰り道、亀次郎は身売りの金150両を野天博打に使い果たし、日ごとにおくらのもとに押し掛けてはお金を強請します。銀座役人・譽田源左衛門に見受けされるも、四度亀次郎と逃走。吉原、京都、大阪へと落ちのび「伊丹屋」から「子亀」と名乗って、豪商千草屋の7代目・平瀬亀之助の店に押し掛け、薩摩藩士・小松帯刀の旅宿へ入り浸り、維新新政府の代官たちを虜にするものの、亀次郎の散財で借金まみれに。
「富貴楼の女将」
西南戦争の陸海軍の兵隊で埋まり、「横浜正金銀行」の設立で戦費調達や貿易決済のための紙幣が流通、金が降る様に落ち、外国商人たちが争って「メキシコドル銀貨」を持ち込む銀相場*、面白いように売れる生糸や舶来品。31歳のおくらは亀次郎と繁栄ぶりに惹かれて横浜に居座り、生糸・洋銀の相場師・田中平八の妾となって出資を得ると、田中平八と新政府高官らととの密会場所として尾上町 5 丁目角地に200余坪の料理屋「富貴楼」を開業。おくらは待合の女将として浮世の女連を配下に従え、大久保利通・伊藤博文・井上馨・大隈重信・大山巌・西郷従道・山縣有朋・陸奥宗光など明治政府元老大臣を、早矢仕有的・渋沢栄一・中村道太・岩崎弥太郎・馬越恭平・吉田健三など財界人を接待しながら、情報と心と弱みをしっかり握って政治経済の裏舞台を整えながら、郵船株・正金銀行株・公債証書などを売買します。
*国内ではメキシコ・ドル銀貨(純銀量23.76g)1枚=一分銀(純銀量8.53g)x3枚=一両小判(純金量6.38g)x3/4枚。国外ではメキシコ・ドル銀貨(23.76g)x3枚。国外金銀比価1:15と国内金銀比価1:5の悪用を是正した万延小判(純金量1.87g)が発行するまで小判(金)が国外に大量流出した。
「うちの亀さんは・・・」
2頭馬車や4頭馬車で「富貴楼」に詰めかける政治・経済・芸能の客人を接待しながら、おくらは浮気を繰り返す亀次郎への嫉妬で怒り狂います。亀次郎が横浜一の芸者と東京へ駆け落ちすると、おくらは鉄道官僚・井上勝を口説いて臨時の夜行列車を走らせ捕らえます。おくらが可愛がっていた芸者に亀次郎が手を出すと、三味線引きの夫と世帯を持たせて「瓢家」を築地に出店させます。後にここから暖簾分けした「田中家」「金田中」「聚楽」「桑名」「新田中」に昭和の政治家たちが黒塗りの車で通い詰めます。「後生だから私より先に死んでください。」おくらは亀次郎を58歳で見送ると、九代目団十郎や五代目尾上菊五郎を世話し、亀次郎の甥っ子を年清元宗家(清元四世延壽太夫)の養子に出し五世家元延寿太夫を襲名させます。その弟は五代目尾上菊五郎の養子となり「残菊物語」の2代目尾上菊之助に。大磯に海水浴場と鉄道駅が開設され、政治経済界の要人がこぞって別荘を建設。おくらは新橋・柳橋・芳町・深川はじめ東西の芸者を引き連れて宴席を周ります。晩年にもらった養女・文子の夫・林田亀太郎が名物代議士として活躍する中、おくらは伊藤博文の別荘・招仙閣で滞在中に逝去。
-「富貴楼お倉」(村松梢風 著 / 湊書房1951)
-「東京エコー 1(3)」(有楽社1908-10)
-「妖婦伝 」(綿谷雪 著 / 鱒書房1955)
-「維新侠艶録 6版」(井筒月翁 著/万里閣書房1929)
-特集 富貴楼お倉―横浜の名物女、待合政治の元祖

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