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「アダルトチルドレンだったから産婦人科の看護師になった」


母に愛されていないと思っていた。
心にずっと、穴が空いていた。
だから私は、新卒で大学病院の産婦人科の看護師になった。(それから市立病院の産婦人科、産婦人科クリニックと8年間産婦人科で働く)
出産前後のお母さんと赤ちゃんには、絆と愛情があるんだろう。
それを見たかった。確かめたかった。


でも産婦人科は、日本の縮図だった。


施設で育ったから、産まれたらすぐ子どもを施設に預けると言ったお母さん。
大学生同士の妊娠で、田舎を追い出されて来たご夫婦。
出産翌日、お客さんのところへ外出した水商売のお母さん。
夫がDVだと出産直後泣いていたお母さん。
毎月緊急ピルをもらいに仲良く手を繋いでくるカップル。

毎日、中絶と流産の処置があった。
切迫早産、繰り返し毎回40週満たずに赤ちゃんを亡くしたお母さんがいた。
40週で早期胎盤剥離。緊急手術で産まれてきた赤ちゃんは、息をしていなかった。
他の病院で出産後救急車で運ばれてきたけど、子宮内反で亡くなったお母さんもいた。

愛情も、孤独も、喜びも、死も。
全部そこにあった。
色々な形があると知った。

それでも私は、満たされていった。
沐浴指導で、お母さんが初めて沐浴をする、一生懸命な瞬間。
早朝、夜中授乳を頑張るお母さんの背中。
ベビー室で泣いて、眠って一生懸命生きている赤ちゃんといる時間。

自分が受け取れなかったものを、毎日そばで見ていた。


8年間産婦人科にいて、気づいたことがある


命の現場で学んだ。
産まれる命があれば。産まれない命もある。
産まれてくるのは当たり前ではない。
出産するお母さんの命も当たり前ではない。

だから私は思う。
産まれてきたからには、自分を大切に生きてほしい。
そしてお母さんには、子どもを大切にできる自分でいてほしい。
そう思えない人がいれば、そう思える環境を作りたい。

あの頃の私みたいに、穴が空いたまま生きている方に
寄り添える人間になりたいと、今も思っている。

ミミ


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