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クリスマスにそっと唱えたくなる、私のニーバー風の祈り

クリスマスって、不思議な季節です。
街はキラキラ、ケーキは甘く、プレゼントは包まれているのに、
なぜか心の奥では
「今年も変えられなかったなぁ」とか
「いや、変わらなさすぎでは?」
なんて、ひとり反省会が始まったりする。

そんなとき、毎年のように思い出すのが
「ニーバーの祈り」です。

神よ
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと
変えることのできないものとを
識別する知恵を与えたまえ。

この祈りを日本に紹介したのは、
大木英夫さん(元・学校法人聖学院理事長)。

シンプルなのに、人生の核心を静かに突いてくる言葉で、
私はクリスマスになると、なぜか無性に
「これ、今年もシェアしたいな」と思ってしまう。

実は、私のSNSの固定記事にも、
この祈りのニュアンスをぎゅっと詰め込んだ
“私流ニーバーの祈り”を掲げています。

余計なひと言を言わない
言われない

余計なことをしない、されない

立ち止まって、ひと呼吸

「課題の分離」を意識する

「君は君、我は我、されど仲良き」

「仕方ない」を、
ちゃんと理解して腹落ちさせる

限界を知る
別れも必要なことを知る

そして
自分とみんなの幸せを願う🙏

……と、書くと、とても立派そうですが、
実際の私はというと、

「これは言わない方がいいよね……(でも心の中では全力ツッコミ)」
「これは私の課題? 相手の課題? ……あ、混ざってる」

そんな日々です(笑)

それでも、この言葉を掲げているのは、
自分と、ご縁のある皆さんと、
できるだけ気持ちよく、平和にいられる場所を作りたい
という、ささやかな願いがあるから。

私が記事を書くとき、
個人的な思いで綴った言葉に、
読む人それぞれが自分の影を投影することがあります。

それ自体は、とても自然なこと。
文章って、鏡みたいなものだから。

でも、もし
「あれ、ちょっと投影しすぎたかも?」
「相手の意図から、だいぶ飛び出してない?」
と気づいたら、

「おっと、自分勝手すぎたね」
と、そっと修正する。

それができたら、
誰も傷つかず、
学び合えて、
ちゃんとハッピーでいられる。

私は、そんなコミュニケーションが好きです。

クリスマスは、
変えられないものまで変えようとしなくていい日。
変えられるものを、無理に急がなくていい日。

ツリーの飾りを一つずつ選ぶみたいに、
「これは私が引き受ける」
「これは相手の領域」
「これは神さまにお任せ」
と、静かに仕分けをする。

そして最後に、
自分と、みんなの幸せを祈る。

それが、
私のクリスマスの過ごし方であり、
私なりのニーバーの祈りです。

今年も、
変えられたことと
変えられなかったことを抱えたまま、
こうしてクリスマスを迎えられたことに、
そっと「よくやったね」と言えたらいい。

メリークリスマス🎄
来年もまた、
笑ったり、立ち止まったりしながら、
一緒に息していけたら嬉しいです。

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