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凍りついた情熱のゆくえ



そのプレゼン資料を作るために、私は何日も帰宅後にパソコンを開いていた。


お客様の声を思い出しながら、「どうしたらもっと伝わるだろう」と考える時間が、私は嫌いじゃなかった。

数字だけではなく、現場で感じる空気も入れたかった。資料の最後のページを閉じた時、深夜2時を回っていた。窓の外は静かで、コンビニの灯りだけが遠くにぼんやり見えている。

『いいものができた』という確かな手応えと、小さな達成感が感じられ心地のよい疲労感だった。
翌朝、少しだけ眠い目で会社へ向かう。

部署内の定例会議。

冷房が少し効きすぎた会議室に、淹れたてのコーヒーの香りが漂っている。昨夜は気づけば午前2時を過ぎていた。数字の整合性を確認し、最後の一行まで妥協せずに仕上げた企画書。

パソコンをプロジェクターにつなぎ、私は説明を始める。途中、何人かが深く頷づきながら聞いている。その頷きを横目で確認して“頑張ってよかった”と心の中で小さくガッツポーズをした。



数日後。
本社会議室で行われる全体会議。
私は後方の席に座り、配布資料をめくっていた。

壇上のスクリーンが切り替わる。
次の瞬間、私は思わず顔を上げた。
そこに映し出されたタイトルに、見覚えがあった

先日、部署の会議で発表した、わたしの企画書が本社の全体会議の壇上に上がっていた。

そして、その説明を始めたのは直属の上司だった
まるで、自分が考えたもののように、先日、部内会議でプレゼンしたわたしの内容を滑らかに話している。私は、会議中、黙ってそれを見ながら、唖然として頭が真っ白になった。


スクリーンに映る資料。徹夜して作ったグラフ。何度も書き直した言葉。全部、私が作ったものだった。それを、上司が我が物顔で発表している…


しかし、誰もそれを知らない。
会議室に拍手が起こる。「さすがですね」そんな声が聞こえてきた。その瞬間、わたしの胸の奥が、すぅっと、冷えていく感じがした。

ただ、スクリーンを見つめることしかできなかった。胸の奥で何かが崩れ落ちていく音だけが、やけにはっきり聞こえた。


周りの拍手喝采とは裏腹に、わたしだけ、周囲の音が少しずつ遠のいていく感覚がした。時間が凍りついたかのように動かない。

悔しい、というより、悲しかった。怒りより先に、ただただ、底冷えするような“虚しさ”が押し寄せた。

私は何のために頑張っていたんだろう。あんなに時間をかけて、睡眠時間を削って、必死に考えた時間はなんだったのだろう…
溢れそうになる涙を、会議室の隅で、必死で堪えた。



やればやるほど、
自分が透明人間になっていく気がした。



あの日を境に
私の中で何かが決定的に凍りついた。


オフィスに入れば、スイッチがパチンと切り替わり仕事モードになる。働いてきた意地とプロ意識が、私の身体を突き動かす。


お客様の言葉にはこれまで通り100%の笑顔で
応え、誰よりも一生懸命に顧客対応をする。
その瞬間だけは嘘じゃない。喜ぶ顔が見たいという情熱は、確かに私の中にまだ残っているようだ

それが、余計に、、、悔しくもある。
いっそ、自暴自棄で、適当に投げ出すことができる性格ならどれだけ楽だろう…
真面目な自分に嫌気がさす。


だけど、その時のわたしは、限界まで張り詰めた、薄氷の上のパフォーマンスだった。
いつ、パリンと氷が割れてもおかしくない。
そんな精神状態だったと思う。

お昼休憩、1人で入ったビルの非常階段。すべての業務を終えて最寄り駅へ向かう夜の帰り道。

会社を出た途端、張り付いた笑顔の仮面が剥がれ落ちると、視界がじわじわと滲み、悔しさとやるせなさで、涙が溢れてくる。

街のネオンが、ゆらゆら歪んでみえる。
涙が溢れて止まらなくなる。


「会社ってそういうもの」と言われてしまえばそれまでなのかもしれない。だから余計に、自分の感情の置き場所が分からなかった。

仕事にコミットしていたからこそ、裏切られた時の「凍りつき方」は尋常じゃなかった。

重い重い夜に沈んでしまいそうだった



そして、あの朝が来た。
駅のホームで電車を待つ。ふと足元の線路に目が落ちた。
鉄の匂いと、どこまでも続くレール。見つめる自分の目が、どんどん冷めていくのがわかった。


身体は染み付いた習性で動き、やってきた満員電車へと押し込まれた。
他人の体温と息苦しさの中、吊り革を掴んでスマートフォンの画面を見るけれど、無意識のうちに、頭の中には、あの日のあの光景がぐるぐると
蘇る。


その瞬間、ガタゴトと揺れる電車の音が急に遠のいた。視界の端がぐにゃりと歪み始める。吊り革を握る自分の手が、自分のものじゃないように思えた。
世界が歪み、立っていられなかった。膝の力が抜け、視界が急激に暗転していく。
……ドサリ、という鈍い音を立てて、私は電車の床に倒れ込んでいた。それまで鳴り響いていた電車の音が、妙に静まり返ったように感じられた。

「……大丈夫ですか?」
心配そうな声が、遠くから降ってくる。
ぼやける視界の向こうで、誰かの手が差し伸べられているのが見えた。
私はその手を掴む気力すら湧かずに意識を失った


私の「仕事への情熱」の糸が、ついに音もなく切れてしまった瞬間だった。



休職。
最初は、休むことに罪悪感と不安が募る。
でも、止まった時間の中で、私は少しずつ、仕事以外の自分も思い出していく。

これまで会社のため、お客様のため、同僚のため
と、自分に出来ることならと、精一杯、日々
奮闘してきた。

多少の理不尽も目をつむり、これで周りがうまくいくならと自分を抑えることもあったが、そうやっていくうちに、自分の尊厳が失われていく気がした。
ゆっくりと事実を振り返っていく過程で、
その奥の本当の自分の気持ちに出会う

そう言えば、
最近のわたし、なんの楽しみもなく過ごしていた
な。仕事に追われて、日常に急かされて、惰性で日々を送ってたことに気づく。

『やりたいこと』には辿り着けないまま、『やるべきこと』をこなすことで精一杯だった。


大きな公園を歩き、窓際の席で緑を眺めながら、ぼんやりコーヒーを飲む。

そして、少しずつ、自分を取り戻していきながら私は、noteを書き始めた。
好きな言葉を、ゆっくり紡いでいく。
誰かに評価されるためじゃない。
ただ、『自分の気持ち』をそこ置いていくように。

読者の方から届く、コメントの一言に、救われる日もあった。

頑張ることは、悪いことじゃない。
でも、頑張るほど、自分の心が壊れていく場所に、ずっと居続けなくていい。
今の私は、本気でそう思っている。


綺麗な景色を見て、好きな言葉を書いて
「ありがとう」を交わせる時間。

そんな小さな“やりたいコト”が、少しずつ、私を前に進ませてくれた。
今は、仕事だけで人生を埋め尽くさずに、“自分の心が戻ってこられる場所”を、何よりも大切にしたいと思っている。

noteのアカウント
それが、わたしのもうひとつの大好きな場所。



もし、この記事を読んでいる方の中に
わたしと同じように、理不尽な悔しさと、
張り詰めた緊張感の中で、日々を過ごしている人がいるとしたら


人生の再生へ向かうための『休む』という選択を
選んでほしい。
働くことと、休むことのバランスをとりながら、
本来の自分を取り戻してほしいと思います。
そしたら、その奥に隠れていた、あなたのlike
を見つけることができると思います。
心を休めたあとに、あなたなりの自分の新しい場所を探し求めることも、
素敵な選択なのかもしれません。


よく「いつも楽しそう」「キラキラしている」と
何事も順調に進んでいるように言われます。

でも実際は、その真逆の日を過ごしてる日も
あります。

理不尽な出来事に傷つくこともあれば、悔しさで眠れない夜もある。
頑張っているのに報われないと感じて、心が折れそうになる日もあります。

誰かの目には輝いて見えていたとしても、その裏側ではたくさん悩み、迷いながら歩いています。


その中で、どうにか前を向いて、
自分を諦めないで、心に優しさを持って
生きているだけだったりもします。


わたしと同じように
自分の存在意義が「透明人間」かのように傷ついている方が、もし、いるとするならば、どうか
あなたの心に救いが、届きますように…

きっと大丈夫…


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