云わぬまま
「これ、壱太郎(いちたろう)こんな人混みの中を走り回っては危ないよ」
壱太郎は、父の声も聞かず、酉の市で賑わう町に、興奮を押さえきれなかった。
「父様、見てください。あそこにも何やら面白そうなものが売っております」
後方にいる父にそう告げながら、目的の出店に向かって駆け出そうとする壱太郎。
「これ、せめて前を見て走らん…」
父が言い終わる前に、壱太郎は前から歩いてくる人にぶつかった。
「痛…」
「おやおや、坊。こんな人混みでよそ見をしながら走り回っては、危ないよ」
そう言って、尻もちをつく壱太郎に、与左衛門(よざえもん)は手を差し出した。
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