フラッシュ・モブは懲り懲り
【聡也視点】
「ねぇ、私達別れましょう」
聡也(としや)にとって妻からの申し出は青天の霹靂だった。
「ど…どうして?僕たちあんなに上手くいってたじゃないか」
「きっと、あなたには分からないでしょうね。……でも、だから別れるのよ。一人になってゆっくり考えたら」
優莉(ゆうり)は、指輪をダイニングテーブルの上に置き、スーツケースと共に出ていった。
***
聡也は、誰もいなくなったリビングのソファに座って、あの日以来、その役を果たさなくなったキッチンに目を向ける。
「優莉。どうして…」
聡也は、優莉との思い出に浸った。
二人の出会いは、自社のイベントで行われたレセプションに、バイトとして優莉がやってきたのが始まりだった。
これまでにも、バイトを何度か雇ってきた。
多くの人は、短期のバイトだからと、与えられた役割以上の事をしなかった。もちろん、最低限をしてくれていればそれで良かったから、聡也はそれ以上の事を求めなかったし、短期バイトなんてそんなもんと割り切っていた。
しかし、優莉は違っていた。いや、仕事内容としては、与えられた事だけをしていたのだが、携わるものが円滑に仕事を進められるよう、人に寄り添いサポートし、陰ながらみんなをまとめていた。
そんな優莉の優しさと心配りに惚れ、レセプションが終了した時、僕の方から交際を申し込んだ。
優莉は、突然の申し出に驚いていた様で、最初は断られたが、熱心な僕のアプローチに、最後には「分かった」と交際を受け入れてくれた。
優莉と付き合ってみて、改めて彼女のさりげないサポート力と優しさに、僕はメロメロになった。
例えば、仕事が忙しく、疲れが溜まったままで訪れる週末の優莉の部屋には、さりげなくエナジードリンクが用意されていたり、栄養が付きそうな料理を作ってくれたりした。
僕は、優莉と付き合ってから、これまで以上に仕事がしやすくなったし、心が穏やかでいられる日も明らかに増えた。
そんな優莉にも何かしたくて、僕は彼女に会うたびに、小さな贈り物をした。
それは、本当にちょっとした贈り物で、花束だったり、スイーツだったり、時にはコスメだったり。
彼女はその度に、申し訳なさそうに「こんな事しなくてもいいから。私はあなたに会えるだけで十分なの」と言っていた。
こう言っては彼女に失礼かもしれないが、彼女は、裕福とは言えない環境で育っていたから、プレゼントされる事に慣れていなかったし、お金の心配もしているようだった。
僕の会社は、まだそれほど大きくはないけど、経営はお陰様で上場だしそんな事、全然気にする事はなかったんだけど…。
そして、付き合ってから二年経った時、僕は一世一代の覚悟を決め、優莉にプロポーズする事を決めた。
どうやってプロポーズすればいいか、どうすれば思い出に残るか。色々調べた結果、フラッシュモブをする事にした。
フラッシュモブ専門の会社に手配した後、僕も密かにダンスを練習して、当日、よく二人でいったカフェで、大勢の人に見守られながら行ったプロポーズは大成功。
優莉は、今度もまた「こんな盛大にしなくても良かったのに」と少し困り顔だったけど、照れながらオッケーしてくれた。
あの時の、誰かが撮った動画は、今でもバズり続けている。
それから半年。まさか、このファミリータイプの広い新居に一人で住むことになるとは…。
優莉は、別れる時
「あなたには分からないでしょうね。……でも、だから別れるの」って言ってたけど。
数ヶ月経った今でも、僕には全く分からない。どうしてあの日、彼女は「一人になって考えて」と言ったんだろう。
思い返せば、優莉はよく「そんな事しなくてもいいのに」と言っていた。
あれは遠慮じゃなく、本当にいらなかったのだろうか。
でも、それならどうしてあの時言ってくれなかったんだ?
僕はただ、彼女を喜ばせたくて…
彼女を幸せにしたくて…。
ダイニングテーブルの上に置かれたままだった指輪の痕は、まだ消えずに残っている。
まるで僕に答えを考えさせるための“宿題”みたいだ。
ふと窓の外を見ると、明るかった陽の光は影を潜め、夜の闇が空の半分を覆い始めていた。
時計を見ると、既に夕飯の時間帯だった。
「あー、もうこんな時間か。今日はどこにしようかな」
スマホを片手に、流れる情報を指でなぞる。
“行列必至”
“今話題の…”
“予約困難”
そんなハッシュタグがついたものばかりがおすすめで流れてくる。
そんな中、何人もの人がアップしている店を見つけた聡也は、早速そこへと出かけた。
【優莉視点】
「ねぇ、私達別れましょう」
私は、夫の聡也にそう告げた。彼は、私の想像通り、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で驚いていた。
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