非電車男の思い出 ~振り返れば尽く脱線してきた人生でした~
(所要3分の記事です)
電車の思い出
◇学生時代にはよく乗った電車だが、特に今のライフスタイルになってからは利用しなくなった。今月20日、久しぶりに地元のローカル線に乗って、電車はいいものだと思った。
◇電車の思い出を振り返ってみる。幼少時、改札で挟まれたことはトラウマだ。ビックリして泣いた記憶がある。東京の学生時代では、最初は西武池袋線の沿線の長崎に住んだ。帝銀事件があった場所で、椎名町と俗に呼ばれていた。アパートは線路沿いで、ものすごい本数の列車が轟音を立てながら壁1枚を隔てたところを通過していく。それが日常、生活音なのでもはや騒音とは呼べない。よくしばらく暮らせたと思う。部屋でゴXブリが一切出なかったのは、轟音によって彼らも安息できなかったからに違いない。
◇東京では最後に茅場町に暮らした。地下鉄東西線の茅場町駅が最寄り駅だった。東西線は最も混むと言われる。ただ、朝晩のラッシュ時は避けられたので苦しい記憶はない。むしろアルバイトに行くため利用した山手線の方が混雑具合が厳しかった。公共交通機関の混雑具合をよく「寿司詰め状態」と呼ぶが、混む時間帯の山手線はサバかマスの「押し寿司」と言った方がしっくり来る。学生時代だけだったので特に嫌とも思っていないが、社会人になっても続けられたかどうかはわからない。
非電車男、たまにレールに乗る
◇普段は車移動が多いから、たまに定められた時刻の電車に乗って身を委ねるのは悪い気持ちがしない。学校や部活帰りの学生たちが楽しく話している様子を見ると気持ちが和む。
◇昨年広島を旅行した際、かつての軍港があった呉も訪れた。広島駅からは1時間弱かかったが、車窓から瀬戸内海が見えて感激した。雪国育ちの自分にとって瀬戸内海は憧れだ。大小の島々と穏やかな海上。天気も良くて、まさに目の保養、眼福だった。当時「大和ミュージアム」は改築工事中で観覧できなかったが、それでも満足できた旅だった。また私を連れて行っておクレ。

