ネアンデルタール人と現生人類 ~美を共有しながら共存できなかった過去~
共通点と相違点
◆4万年前に絶滅したとされるネアンデルタール人が、食用に適さない貝殻に美を見出しており、現生人類と交流し価値観を共有していたとする研究成果が発表された。貝殻に穴をあけてアクセサリーとして装用していた可能性もあるという。
◆太古の昔に想いを馳せる夢のあるエピソードだが、両者には決定的な相違点がある。ネアンデルタール人は滅びて、ホモサピエンスは生き残って“繁栄”している点だ。昔はホモサピエンスがネアンデルタール人を駆逐した、滅ぼしたとされていたが、交雑を経て吸収していったと現在では考えを改めている。現生人類の遺伝子の中には、ネアンデルタール人のDNAが含まれていることも明らかになっている。
現生人類だけが生き残った過去
◆ネアンデルタール人は現生人類よりも脳が大きくて、身体もより屈強だったという。それなのになぜ体格で劣った現生人類が結果として彼らを‟駆逐”できたのか。自分は人類学者ではないので妄想に過ぎないが、その弱さこそ長所となったと言えまいか。
◆一言で言えば「マス」「大衆」だ。個々は弱いが故に集団や組織を形成する能力に長けており、比較的小規模で生活していたネアンデルタール人は抗えず、少しずつ生息域を狭めていったのではなかろうか。また、古代中国や古代ギリシャの歴史を見れば、集団や国を統括する術も巧みだった。神話を作りマスを扇動して結果として少数派を駆逐していったと思う。
狡猾で残酷な現生人類
◆21世紀になり、人類共通の価値観を共有できるにもかかわらず、相も変わらず殺し合いを続ける愚かすぎる現生人類。今の姿を見ると、ネアンデルタール人滅亡の詳細な理由は不明だったにしても、駆逐して生き残ったという事実は、結果論だが納得できるところがある(ただ、馬鹿を繰り返していたら同じように滅ぶでしょう)。
◆建国以来、アメリカがネイティブアメリカンを搾取して駆逐していった歴史も、現生人類ゆえの帰結なのかもしれない。また北海道に住む自分としても胸が痛むところがある。なぜなら我々日本人、和人もまたアイヌに対して同じことをやってきた厳然たる事実があるからだ。人類に流れる血脈を顧みて、とにかく自省的に生きることの大切さに思い到る。ホモサピエンスであることが嫌になるほど忌まわしい過去でいっぱいである。
民主主義と国際法規範
◆ナポレオンの帝政フランス、ナチスドイツ、ベトナム戦争時のアメリカ、プーチンの現ロシアを見れば、民主主義もまた残酷な結果を招く危険性を忘れてはいけない。文化芸術に勤しみながら、片方で人の命をなんとも思わずに奪う現生人類の性(さが)。人間社会がまともになるのは、民主主義に加えて法規範の遵守が絶対条件だ(その前提として教育の充実が必須)。
◆生身の人間は狡猾かつ残酷。それがマスを形成すれば、ますますとんでもないことをしでかすことは歴史が証明している。いや、歴史というか、イランやベネズエラに一方的に攻撃をしかけたトランプ政権が今まさに露骨に示している。衣服をまとうように、放っておいたら欲望と憎しみのまま行動する現生人類には法規範という‟衣”が必須なのだ。

