見出し画像

戦争のなくし方 ~手塚イズムとイニョン~

虫もミジンコも慈しむ手塚イズム

◇幼い頃、手塚治虫さんの漫画を愛読した。自らも戦争体験がある手塚さんの物語は、虫やミジンコなど小さな命に対しても慈しみに溢れていた。『火の鳥』や『ブッダ』などが特にそうだ。現実社会ではヒトと言葉を交わすことができない生き物たちにものを語らせて、彼らもまたれっきとした意思を持っているように描き、あらゆる命を身近に感じさせてくれた。

◇おかげで自分は虫1匹も容易に命を奪うことはなくなった。東京の学生時代、部屋に出たゴキブリばかりは駆除してしまったが、今は部屋や事務室に入って来た虫でも積極的に外に逃がすようにしている。虫の命を尊重できるようになると、当然にヒトの命の重みがわかってくる。だから、殺人はもちろんのこと、面識のない相手を手にかける戦争はとんでもない行いであると考えることができる。

昆虫博で展示されていた標本。生者の行進か死者の行進か。
自分もこの中の1匹だったかも。

◇終戦から80年、日本は国として紛争を行うことも他国の人を殺害することもなくここまで続けてこれた。イラク戦争後の自衛隊派遣では、隊員が命の危険に直面したり、派遣後精神障がいで自死するようなことがあっても、イラクの人を傷つけることはなかった。平和国家を維持してきたことは間違いなく日本の誇りである。今また敵味方に分かれて世界が戦争の時代に入っている。国連、国際社会と協調し、どちらかに肩入れすることなく和平を働きかける役割を果たすのは日本ではなかろうか。

袖振り合うも他生の縁。現世の敵は前世の肉親であったかもしれない。

◇2023年のアメリカ映画『パストライブス/再会』は素晴らしかった。物語の中で、韓国社会にあるイニョン(縁)の考え方が紹介される。現世の男女の関係は、前世の8000回のすれ違いを経て得られたものだという。また、命は何度も生まれ変わって出会いと別れを繰り返すらしい。ある時は、小枝に止まった鳥と小枝の関係であったかもしれない。ちょっと気の合わない、目の前の人がもし前世でも関係があった人だと考えてみると……。囚われていた現在の感情から解き放たれる気持ちになるのではないか。

◇日本にも「袖振り合うも他生の縁」という考えがある。東洋には昔から輪廻の考え方があって、生というものを多層的に考える精神文化がある。こういったものは非科学的で幻想であるかもしれないが、形而上学的な考え方もできるのが人間の特性でもある。ならば、今は敵味方に分かれる間柄であっても、前世や来世で味方だったどころか、肉親や恋人同士であったかもしれない。こう考えると、現世で争うことの愚かさや虚しさに思い到ることができるはずだ。

◇現代の世界は「戦争の手段」ばかり追求し「平和の手段」をなおざりにしている。理想に過ぎるかもしれないが、手塚イズムやイニョンの考え方をもって精神面から争いの芽をなくす努力が必要だ。