人生は点の連なり|「アドラー心理学」・「他者貢献」|「仕事は楽しいかね」・「試してみることに失敗はない」
こんにちは、葉比流(はぴる)です。
これまで
「認知」「覚醒」「ご機嫌でいること」
について書いてきました。
出来事をどう評価するかより前に、
まず気づくこと。
白黒を急がず、「凪」に立つこと。
今回は、その続きです。
「失敗」なのか、ただの途中なのか
最近、仕事で思うように進まないことがありました。
以前の私なら、すぐに
・判断を間違えたのか
・やり方が悪かったのか
・評価が下がったのではないか
と考えていたと思います。
でも今回は、少し違いました。
そこで浮かんだ問いは、
これは失敗なのか?
それとも、ただの途中なのか?
この問いの立て方そのものが、
自分の状態をつくるのだと気づきました。
意味は、あとからつけていい
アドラー心理学では
「出来事そのものには意味がない」と言います。
意味を与えるのは、自分。
ならば、
今すぐ意味を決めなくてもいい。
成功か失敗かを
急いで確定しなくてもいい。
「分からないまま立っている」
この余白が、
私の言う「凪」にとても近い感覚です。
「試してみることに失敗はない」
そんなとき、思い出したのが
デイル・ドーテンの
『仕事は楽しいかね?』の一節です。
「試してみることに失敗はない」
この言葉は、励ましというより
少し突き放した現実です。
なぜなら、
失敗がないということは、
最初から正解もないということだから。
この前提に立つと、
「うまくいかなかった」という事実も、
ただの一つの点になります。
人生は線ではなく、点
私たちは人生を
一本の線として捉えがちです。
どこへ向かっているのか。
何者になるのか。
いつ結果が出るのか。
けれどアドラーは、
人生を「いまこの瞬間の点」の連なりとして捉えます。
どこに到達するかよりも、
いまこの点で、どう立っているか。
そこに人生がある。
他者貢献という星
アドラーは言います。
「人生の導きの星は、他者貢献にある」
私はこの言葉を、
ゴールではなく“方角”だと感じています。
どこへ行くかは分からなくても、
誰かの役に立とうとする。
評価されるかどうかは分からなくても、
目の前の人や仕事に誠実でいる。
それだけで、
この点は意味を持ち始める。
振り返ったときに線になる
その瞬間は、ただの点。
意味も、正解も、保証もない。
でも点が重なり、
ある日振り返ったとき、
「ああ、こういう人生だったのか」
と線が見えるのかもしれません。
順番は逆なのだと思います。
線があるから点を打つのではなく、
点を打ち続けたから線が見える。
noteも、ひとつの点
私がnoteを書いているのも、
同じ感覚です。
評価を集めるためではなく、
いまこの点で考えていることを置いておく。
それが、
未来のどこかで誰かとつながるかもしれない。
それで十分です。
「凪」に立つこと。
「ご機嫌」でいること。
「試してみる」こと。
そして「他者貢献という星」を見失わないこと。
それらはすべて、
不確かな世界の中で、
いまこの点をちゃんと生きるための態度
なのだと思います。
正解が見えにくい今だからこそ、
どこへ行くかより、
どう立っているか。
今日も、状況がどうであれ。
「ご機嫌だぜ!!」
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
