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エッセイ 『わざと負ける』

私は、過去のエッセイで、私が年々、友人関係であっても恋愛関係であっても、人と関係性の距離が近づくほど怖がられて、徐々に距離を取られてしまうことの理由について考えてきたが、その解像度が上がったので書こうと思う。

過去にこの問題をエッセイで考えてきたことを考慮すると、私が相手に「負ける」部分を明確に作れば、相手から怖がられない可能性が高いと思った。
つまり、相手が私に優位性を感じることができれば安心して関われるのではないかということである。

そういうことであれば、もう「スタンスから負ければいい」のではないか。つまり、年上でも同年代でも年下でも、全員に対して「後輩然とする」というものである。

過去にいた女友達で、めちゃくちゃチャラくて男の人を取っ替え引っ替えしている猛者を「ボス」と呼んでふざけて下手に出ていたが、非常に気分が良さそうだった。

また、勝気な女友達を「姉さん」と呼んで、ふざけて下手に出ていた時も、相手は非常に気分が良さそうだったし、私を怖がってもいなかったように思う。

このことからわかるのは、別に相手も私が半分ふざけているとわかっていても、形の上では上下関係をつけて下手に出て後輩然としているだけでも、十分効果的なのではないかということである。

過去のエッセイで、私は、上下感覚があまりなく、人に対して上から接することが非常に苦手であり、後輩に対しても同等然として友達のように接してしまうし、年上であっても、相手が許容してくれそうなら割と同等然として友達のように接していると書いた。

ただ、この問題として、親しくなっても、私が上からも下からも行かないので、ある種「関係性」を作れないため、相手は「認められていない、受け入れられていない」と感じることもあるのではないかということを書いた。

その場合、「甘えや迷惑」が受け入れられる保証がなく、相手は怖いと思うのではないかということである。

そして、私の友人を見ていると、他人と関わるときは同年代同士であっても必ずやんわりとであっても上下関係を作って関わっているし、私が相手の場合も、私が上からも下からも接さないので、私の友人は全員私を「お前、こいつ」などと呼んで上から接してくるが、それは、無理にでも上下関係を作らないと甘え合いのスタンスを作れず不安なのではないかと過去に分析した。

ただ上記の例はほとんどが学生からの友人であるため無理やり上から接するということができるが、大人になってから出会った人はそこまでできないため、私と上下関係を作れず怖がっているのではないかと思った。

そのため、形だけでも私が、後輩然として下手に出れば、つまり「負けスタンス」を見せれば、相手は私に対しての優位性を感じることができて、私に圧倒されることなく、また、それは「甘え(迷惑)」を受け入れるというスタンスを見せることにもつながるのではないか。

つまり、それが相手から私に対する「関与の隙」になるという説である。

つまり、先輩然とすることと同じく、後輩然とすることは、相手に「甘えてもいいよ(迷惑をかけてもいいよ)、多少の迷惑は許容するよ」という「受容のスタンス」を見せることができるのではないかということである。

今までは、自分より幼稚な人、尊敬できない人には上から来られたくないと思っていたが、上記の友人への対応のように、半分ふざけてであればできるような気がする。私は真面目に考えすぎていたのかもしれない。

このようなただのプレイで済むなら簡単なので、これから試してみようと思った。

ただ、上記の私がふざけて下手に出ていた友人も、エスカレートして私にあまりにナメた対応をし始めた時に、私が相手に普通に注意するとすぐさま私をシャットアウトして去っていったので、後輩でいる以上歯向かってはいけないということだと思う。

しかし、調子に乗らせすぎると私の許容範囲を超えてしまう恐れがあるので、そこの塩梅は難しいとは思ったが、相手が怖がって関われないよりはマシだと思うので今の現実的な対策はこれしか思いつかない。

結論:親しくしたいと思う相手には、明確な負けポイント(ナメれるポイント)を作るために後輩プレイをする


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