『壊れたゲーム機で「お前のボタンの押し方が足りない」と責めるいじめっ子』
「底の抜けたバケツ」に水を注がされ続ける私たち
海外の経済学が「日本の貧困は本人のせいではなく、完全な政策のミスだ」と指摘している画像を載せたら、
「他責にするな、努力不足だ」
という冷笑コメントが殺到しました。
私は、この国を覆う「自己責任という名の集団催眠」に恐ろしさを感じます。
これって、学校のゲーム大会で、特定のグループ(現政権)が自分たちに都合よく改造した「絶対に勝てないバグだらけのコントローラー(壊れた経済ルール)」を他の生徒(一般国民)に渡しておきながら、
必死にボタンを連打して負けた生徒に向かって、周りの冷めた連中が、
「負けたのはゲームのせいにすんなよ(他責にするな)。
お前のボタンの叩き方が足りないんだよ。
もっと努力しろよ(笑)」
と、ゲームの構造そのものの異常さを無視して、プレイヤーの努力不足を責めているのと同じです。
日本の労働者は、世界で一番と言っていいほど真面目です。
薬物にも溺れず、犯罪もせず、毎日満員電車に揺られ、過労死するほど働いている。
それでも生活が苦しいのは、私たちの努力が足りないからですか?
違います。私たちがいくら努力しても、その果実を「消費税」や「社会保険料」として貪り食い、大企業や裏金議員の利権へと横流しする「腐ったルール」が固定されているからです。
諸外国の貧困は、薬物問題、治安の悪さ、教育機会の喪失、移民問題など、個人の能力や社会背景に起因することが多いです。
しかし、今の日本は「大卒で、毎日必死にフルタイムで働き、犯罪もせず、スキルもある人」が非正規雇用やワーキングプアで喘いでいる。だからこそ、海外の経済学から「個人の問題ではなく、完全な政策のミスだ」と驚愕の目で見られているのです。
水が抜けていく底の割れたバケツ(今の日本経済)に、いくら「もっと努力して水を注げ!」と精神論を怒鳴ったところで、バケツが満たされるわけがありません。叩くべきは努力している被害者ではなく、バケツを壊し続けている政治ですよ。
私は、真面目に生きる人たちを「努力不足」と二度刺しする冷酷な社会を、絶対に認めません。
私たちが変えるべきは、自分たちの働き方ではなく、この国の歪んだルールそのものです。

