【3分のパフォーマンスと仕込まれた絶賛】被災地をプロパガンダの撮影現場にする政治
避難所にあるエアコンの風も、整えられたダンボールベッドも、本来は被災者の命と人権を守るための切実な支援だ。政治家のパフォーマンス動画を飾る「小道具」などではない。
今、私たちが目撃しているのは、政治家が被災者の苦しみに寄り添う姿ではなく、「政治家が仕事をしているように見せるための撮影会」だ。
■ 避難所は「PR動画のスタジオ」ではない
報道やSNSで流れてくるその光景に、激しい違和感と怒りを覚えずにはいられない。
快適にクーラーが効き、美しく配置された避難所に、わずか3分だけ滞在するトップ。そこで交わされるのは、切実な現場の悲鳴ではなく、まるで台本があるかのような政府への感謝の言葉だ。そして、その数分間の「演出」は手際よく編集され、内閣の公式HPやSNSに「迅速に対応する政府」のプロパガンダとしてアップロードされる。
いったい、誰のための視察なのだろうか。
本当の避難所は、プライバシーもなく、酷暑に耐え、将来への不安で押し潰されそうな人々が肩を寄せ合う場所だ。そこにある現実の重みを一切見ようとせず、都合の良い「綺麗な一部」だけを切り取ってプロパガンダに利用する。これは被災者に対する侮辱であり、支援を待ち望む現場への裏切りに他ならない。
■ 権力が求める「お褒めの言葉」というディストピア
本来、権力者が現場に行く理由はただ一つ。「足りていないもの」「届いていない声」を発掘し、即座に手配するためだ。怒りや悲痛な訴えを受け止めることこそがトップの責任である。
しかし、今の政治が求めているのは「現場の課題」ではなく「政権へのお褒めの言葉」だ。
サクラを配置し、批判的な声をシャットアウトし、絶賛の声だけをマイクで拾う。それは政治ではなく、ただの「自己満足のファンミーティング」であり、北朝鮮や独裁国家のプロパガンダ映像と何が違うというのだろうか。
「国民の生活を守る」という善意の仮面を被りながら、内実は自分たちの支持率とイメージ維持のために被災地を利用する。この「やってる感」の裏で、見捨てられている現実の避難所がどれほどあるかを考えると、怒りで手が震える。
■ 私たちがこの「演出」を拒否しなければならない理由
政治家が国民を舐めるのは、私たちがこうした「浅はかなパフォーマンス」でお茶を濁されることに慣らされてしまっているからだ。
「総理が現場に来てくれた」「対応が早かった」という、編集された数分の動画に騙されてはいけない。3分間のアリバイ作りに感動している暇があるなら、その裏で置き去りにされている何千、何万の被災者の声に耳を傾けるべきだ。
被災地は政治家の売名行為のステージではない。
プロパガンダのために税金と権力が使われるこの異常な状況に、私たちは「ふざけるな」と声を上げ続けなければならない。
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