今を生きる私たちは、過去の上に立っている、〜戦艦大和より〜
広島県呉市にある
大和ミュージアムへ行ってきました⚓️
戦艦大和を始め、当時の船の設計図、
部品、呉市民の生活などなど展示されているのです
(今年の4月にリニューアル)
*ちょっとここでお勉強タイム*
戦艦大和⚓️の特徴
広島県呉市で建造された
世界最大の戦艦で長さ263m
艦隊の舷側の厚さは41㎝、
甲板は23㎝、
砲塔は65㎝という甲鉄で覆われ
大型の砲弾や200キロ爆弾による
急降下爆撃にも
耐えられる防御でした
大和⚓️の主砲は46㎝砲の
3連装を3基(9門)備え
射程距離は42kmで、
砲弾は時速2.808kmという速さで
飛び出し、
砲身の内側に刻まれた
ライフリングにより
回転しながら飛び、
遥か水平線の彼方の敵艦を
攻撃することができた
(資料より)
昭和20年、4月7日
米軍による攻撃を受けて
鹿児島県の坊岬沖で撃沈され、
今も海底に眠っています
私の中で、戦艦大和と聞くと
宇宙戦艦ヤマトを思い出します
(世代ですから💦)
それだけ、偉大な戦艦だったの
ですね🚢
館内に入るとまず目に飛び込んでくるのは
戦艦大和の10分の1のサイズの模型です
その大きさと迫力に
思わず足が止まりました
細かな砲台や甲板
無数の部品まで忠実に作られていて
「こんな戦艦が本当に人の手で設計され、
造られたのか」
と驚かされます

当時は、今のようにパソコンも
AIもないのに
設計図はすべて手で描かれ
ひとつひとつの部品を作り
何万人もの人たちが力を合わせて
組み立てていったもの
展示されている設計図や機械は
外国の戦艦、設計図を買うだけでなく
艦を作る日本の技術者がイギリスに行き
技術を習得していたとあります
とても細かな設計図に圧倒されます
(めちゃくちゃ頭良かったんだろうなぁと
下世話な思いが頭をよぎります)
でも、本当にすごい
そう思いました

でも、その一方で
これほどの技術も努力も
最後は人を傷つけ、
命を奪うために
使われたということ
日本は世界を相手に戦い
多くの若い命が帰ることなく
海へ散っていったそう
展示されていた
家族への宛てた手紙を読むと
「生きて帰りたい」
「家族に会いたい」
そんな当たり前の願いが
そこにはありました

戦争は、絶対に繰り返してほしくない
人と人が殺し合う未来ではなく
人と人が助け合う未来であってほしい
大和を造り上げた技術者の方々にも
国のために働いた人たちにも
そして帰ることができなかった多くの
若い命にも
心から敬意を抱きます
年代を見ると、
私の両親が生まれた時代
戦争はちょっと前までやっていたという
現実味を感じます
その人たちが生きた時代
その人たちが歩んだ歴史の上に
今の日本があり
私がいる
そして、今
平和な毎日の中で
ご飯を食べ、家族と笑い
好きな場所へ出かけることができます
戦艦大和の連合艦隊司令長官だった人が
山本五十六です
有名な言葉に
「やってみせ、言ってきかせて、
させてみせ、
褒めてやらねば、人は動かじ
話し合い、耳を傾け、承認し、
任せてやらねば人は育たず
やっている、姿を感謝で見守って
信頼せねば、人は実らず」
戦争の時代を生きた人の言葉は
重みがあります
戦前戦後のこういったミュージアムや
歴史館は色んなところにあります
歴史から知り学ぶことは
過去を振り返るだけでなく
命の尊さを知り
平和のありがたさを知り
今日という一日を大切に生きることに
繋がるんだと思います
初めて訪れた大和ミュージアム⚓️
とても考えさせられました
お向かいには、
海上自衛隊呉資料館があり
潜水艦の中を見学できます
(中に入れる貴重な体験もできました)
ぜひ機会があれば
立ち寄ってみてください
ここまで読んでいただき
ありがとうございます(๑╹ω╹๑ )
*次回は保護猫の話の続きを
書こうと思っています♪
よろしければまた読みにきてください*
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