愛は理屈なんかじゃない?
愛は理屈じゃないと言うけど、関係を続けるには理屈も必要ですよね。
ずっと不思議に思ってたことがある。
「愛してるから裏切らない」よりも、「裏切らない自分でいたいから裏切らない」のほうが信用できると思ってしまう。これを読んでくれたアナタはどっち派でしょうか?
もちろん、どちらが正解とかはないと思う。
「愛してる」という気持ちはとても大事なことだとも思ってる。
でも、その言葉だけを聞くと、少し不安になるときがある。言葉の裏を読んでしまう。これは恋愛に限らず起こる微妙な言葉のズレ。
だって、感情は変わるから。
その感情が無くなった途端に脆くなる。
変わらないかもしれない。でも「愛してるから裏切らない」は、変わったとき、もしも愛情がなくなったら、裏切るかもしれないという不安が浮き出てくる。
一方、「裏切らない自分でいたい」は、自分の価値観が変わらない限り、裏切ることはない。たとえ愛情がなくなったとしてもだ。これはなかなか強固な決意だと思う。
昨日は大好きでも、今日は余裕がなくて冷たくなることもある。そんなとき、愛情が薄くなってる。そんなこと長い人生で何度も訪れるだろう。人間だから当然。
だから私は最近、愛情や友情があるという”条件”より自分はこうだという”意思”のほうを見てしまう。
「好きだから続ける」より、
「自分がそう在りたいから続ける」という人のほうが、長く安心できる。
絶対なんて、この世にはたぶんないと思う。
永遠も保証されてない。でも、自分の意思だけは自分で強く握っていられる。
だから、「相手がどうだから」ではなく、「自分が裏切らないと決めてるから裏切らない」で動く人を見ると、なんだか安心する。とても信頼できる。私もそんな人間を目指したい。それは相手に依存した優しさではなく、自分で選んだ絶対的な責任だから。
本当に信用できる人は、「絶対幸せにする!」みたいな大きな言葉を連発しない気もする。幸せとは相手が決めること。もし”幸せ”の形があるとするなら、恋人や家族ならば、変わらないその人と一緒にいることが幸せなのだろう。
静かに守り、静かに残って、静かに過ぎていき、静かに見てて、静かに覚悟を決める。その姿勢に、あとから自分がこの人を選んでよかったという安堵が訪れる。
愛情は熱量だけではなく、”選び続けること”でもある。気分じゃなく、勢いでもなく、その瞬間の感情でもない。
「自分はどう在りたいか」
そこに軸がある人を、私は信用したくなる。

今日も読んでいただきありがとうございます。
では、また次の記事で。
素敵な一日を。
