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ニヤニヤする文章が書きたいです| 「あなたはなぜ文章を書くのですか?」|ハッピーライティングマラソン#1

自分の目指す場所が見つかるのは継続した先かもしれない。

出会う人で目指す場所も変わる。

「あなたはなぜ文章を書くのですか?」

そう聞かれたら、書き始めた頃の自分の気持ちはこうだったと思う。
なんとなく興味あるし、自分の気持ちを文章にしたい。あわよくばお金になったらいいなと思っていた。そして何より、少しでも自分の悪い部分を直してもっと人生を生きやすくしたかった。そんな思いから書き始めました。

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【初心】


書くことは表現というより、自分と向き合うための手段だった。

頭の中でグルグルしているものを整理して外に出して、それを言葉にして並べてみる。

なぜこんなに苦しいのか。
なぜ自分はこう考えるのか。
なぜ同じことで悩んでるのか。
なぜ人間関係で疲れ果てるのか。
なぜ今日はこんなにご機嫌なのか。

そんなことを何度も何度も文章にしてきた。
ただシンプルに書き出してるつもりだったけど、実際はずっと自分自身に質問を投げ続けていたのかもしれない。


そして不思議なことに、書けば書くほど答えが見つかると思っていたのに、見つかったのは答えよりも新しい疑問だった。

「これはどういうことだ?」
「もしかしてそういうことか?」
「桃太郎で例えたら変じゃないか?」

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【関連記事:桃太郎になりたい】


そんなふうに日常の中に転がっている、違和感や発見を見つけるのが楽しくなっていきました。

気づけば文章を書く理由は、心の治療でもありシンプルに楽しいからでもあった。もちろんイマでも、自分と向き合うために書いている。
迷うこともあるし、落ち込むこともある。悲しいときや苛立つこともある。

まだまだ苦しいけど昔ほど、「書かなければ苦しくてたまらない」ではなくなった。



純粋に、書くことが溢れ出てくるから書いてます。人を笑わせたいから書いてます。色々と気づくから書いてます。人がすこしでも楽になってくれてるのが伝わると嬉しいから書いてます。

そんな風にイマは「書きたいから書く」に変わりました。ここが大きな違いです。

過去の自分は答えを探していたけど、イマは問いを見つけることを楽しんでいる。

昔は自分を変えたかったけど、
イマは自分や人間という生き物を観察するのが面白い。

昔は自分のためだったけど、
イマは自分のためでもあり、誰かのためでもある。

記事を書いていると、時々コメントをいただくことがある。貰うたび思うことが、人間って案外みんな似たところで転ぶんだなと思った。
私が悩んでいたことは、私だけの悩みではなかったんだなと。

だから最近は、人を救おうとは思っていない。
救えるとも思っていない。もし救われた人がいたらラッキーッ!!くらいに思ってる。



ただ、自分が見つけたものを机の上に並べているだけなんです。

「この情報、いいね」
「この気づき為になる」
「こんなこと考えました」
「これ面白くないですか?」
「こんな違和感がありました」

そんな感覚で差し出している。



それを見て誰かが笑ったり、考えたり、少しだけ肩の力を抜いてくれたら嬉しい。


文章で人生が劇的に変わることは少ないかもしれない。文章で人生変わるって言われてるけどそんなに甘くないと思う。ただ見てるだけだと何も変わらないから書いている。その中で当たればいいかなくらいでいる。


でも、
ほんの少しだけ視界が広がることはある。
ほんの少しだけ呼吸が楽になることはある。
ほんの少しだけ良い休憩をとることはできる。
ほんの少しだけ柔らかい表情になることはある。
ほんの少しだけ自分だけ責めなくなることはある。
ほんの少しだけ長く続けるヒントになることはある。

もし私の文章が誰かにとってそんな存在になれているのなら、それ以上に嬉しいことはない。



最初は自分を救うために書いていたけど、
気づけば書くことそのものが楽しくなっていた。

そして、その文章で誰かが少しだけ楽になってくれるなら、それはとても嬉しい。

だから今日もまた書きます。




答えを出すためではなく、気づくために。
誰かを変えるためではなく、一緒に笑うために。

楽しい~。

今日も読んでいただきありがとうございます。

では、また次の記事で。
素敵な一日を。

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