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心の故郷:おかえり

暖炉の音を聴くと、胸の奥が締め付けられる。
それは、幼い頃に過ごした家の記憶。

パチパチ……。
薪が爆ぜる音が、心の奥底まで染み渡る。
それは、私が幼い頃から聞き慣れた、暖炉の音。
この家には、かつて大きな暖炉があった。
部屋の隅に、まるでそこに根を下ろしたかのように鎮座していた。
それは、年月を経たレンガの色が、家の空気と溶け合っていた。

……もう、その家はない。
祖父も祖母も、そして父も、もういない。

記憶の中の暖炉は、今も温かく燃え続けている。
赤々と燃える炎は、まるで生きているように揺らめき、壁に影絵を映し出していた。
薪が爆ぜるたびに、パチパチと小さな音が響き、
暖炉の周りを温かい空気が包み込んでいた。

この暖炉は、父が祖父の家から受け継いだものだ。
札幌の雪の中で、暖炉の火を囲んで語り合った、
あの温かい時間を思い出すたび、
私は心の奥底に眠る、
かけがえのない場所に帰ってきた気がする。

壁には、日差しに焼けた写真の跡があったはずだ。
暖炉の上の棚には、家族写真や思い出の品々が飾られていた。
すべてが、暖炉の火とともにあの家で時を刻んできた。

家とは、記憶の場所。
住む人の人生を、そのまま包みこんでくれた、
かけがえのない空間。
時を重ねて、風景になった、心の故郷。

暖炉の火とともに、
祖父の手に導かれて雪の中へ。

その日、暖炉の火が少しだけ強く燃え上がった。

パチパチ……。

薪が爆ぜる音とともに、私は雪の中にいた。
もう二度と触れることのできない、
幼い私の肩には、祖父の手のひら。

ごつごつとした太鼓バチを握っていたあの手が、
今また私を守るように触れていた。

札幌の白い街並みに、
木造の時計台が浮かぶように立っている。
その屋根にも雪が降り積もり、
時間だけが静かに進んでいた。

「この音さ~いいっしょう。時を叩く音さ」

祖父はそう言って、にこりと笑った。
太鼓と同じように、
時間も音で感じるものだという。
私の隣では、若き日の父が口をきかずに空を見上げていた。

寒さに赤くなった頬。
何も語らないその背中が、
なぜかとてもあたたかく思えた。

記憶は、私をまた、あの家の中へ戻した。
暖炉の前には、ちゃぶ台が置かれていた。
ジュウジュウという音とともに、
焦げた醤油の香ばしさと納豆の香りが漂ってくる。

「今日は、わらづとの大粒納豆さ~、
チャーハンにすっからな~。好きしょ~う?」

そう言って笑った父の顔は、
目に焼き付いて離れない。
あの笑顔は、もう二度と見ることができない。
暖炉の火を囲んで食べる納豆チャーハンの味と、
ちゃぶ台の上の湯気、
暖炉の上の棚に飾られた家族写真。

それらすべてが、
音もなく私の心に“帰りたい”という、
胸を締め付けるような、
懐かしい想いを刻んでいた。

あの家は何度か手を入れて直したけれど、
暖炉とレンガのぬくもりだけは、
変わらずにそこにあった。

「新しくなったのに、懐かしいね」

そんなふうに父がつぶやいたあの日を、
私は今も思い出す。
もう、聞くことのできない父の声とともに。

家とは、記憶が積もる場所。

家とは、ただ住むための箱ではない。

誰かの時間や、ぬくもりや、
音が染みついていく場所。

それはいつか、風景になり、
誰かの「帰りたい場所」になる。
たとえ、そこになくても。
記憶を刻み込んだレンガ。
静かに揺らめく炎。
暖炉を囲んで笑い合う家族写真。
あの家の中のすべてが、時間とともに、
私を迎えてくれる。
心の奥底で。

今の私と、これからの「帰る場所」

私は今、またひとり、暖炉の前にいる。
それは、もう燃えていない。
けれど、私には感じる。
あの家の、温かい記憶が。

「おかえり」

どこかで、そんな声が聞こえた気がする。
あの家の記憶を、誰かの心の中に育てていこう。
祖父の手のぬくもりを。
父の納豆チャーハンの匂いを。
そして、あの暖炉の火を、
これから生まれる孫たちへ語り継いでいこう。

ひっそりと佇む暖炉は、
記憶の中で、永遠に温かく燃え続ける。
新しい時間が、また動き始めていた。
その小さな手に、確かに、あの日の暖炉の温もりを感じた。
時間は、形を変えて受け継がれていくのかもしれない。
静かに揺らめく炎が時をほどくたび、
家族の記憶が蘇る。
失われた家への想いを胸に、
世代を超えてぬくもりを受け継ぐ、心の童話。

それらが積もった記憶が、
わたしの帰りたい場所。


#わたしの帰りたい場所



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